有罪か無罪か
親友のアイミちゃんは大学生の時、妻帯者と恋に落ちた。
当時は2人とも真剣で、
「出逢うのが遅すぎただけなの。私達は恋に落ちる運命なの」
よく、そんな事を言っていた。
不倫をテーマにしたドラマや小説でそんな台詞があるけれど、実際にこの台詞を言った人を私はこの時、初めて見た。
しかし道ならぬ恋が成就するはずがなく、間もなくアイミちゃんと既婚男性の恋は終わりを告げた。
既婚男性は女子大生との恋が勤務先に知れて退職処分となり、彼の奥様は気の毒な事に、これが原因で心を病んでしまい、専門病院に入院した。
アイミちゃんと付き合った既婚男性も、自分と奥様の御家族に責められ、ようやく自分の過ちに気づいて自ら命を絶ってしまった。
ところがこの恋をキッカケに、アイミちゃんは
「人の男を奪うのが好き」
な女の子になってしまった。
既婚男性ではなく、友達の恋人も略奪するようになってしまい、アイミちゃんのせいで幸せな家庭やカップルが、何組も壊された。
見かねて注意をしたけれど、
「私に魅力がありすぎるのよ」
などと豪語して、
「私に奪われるような、魅力のない女が悪いのよ」
そんな事を言っていた。
彼女に恋人を奪われた女の子は、彼女と友達を辞めて離れて行った。
「ミチルちゃんも離れなよ。略奪されてからじゃ遅いよ」
忠告してくれたけれど、私はアイミちゃんの親友でいた。
社会人になっても略奪癖は治らない。
寧ろ、学生時代より酷くなっていく一方であった。
彼女は既婚男性や恋人のいる男性と恋をしては、女性達を泣かせていったのである。
社会人になって3年目、ようやくアイミちゃんも本当の恋に出逢った。
中学時代の先輩で初恋の男性と、婚約したのである。
部活動の同窓会で再会した彼らは、話しているうちに、中学時代は両想いだったと判明、そのまま交際に至ったという。
「やっと本当の愛を知ったの。私、幸せになるわ」
そう宣言した数日後、アイミ
ちゃんから電話が来た。
用事のある時はメールかLINEを使う子なので、直感的になにかあったのだと思った。
直感は当たった。
アイミちゃんは、婚約を破棄されたのだと泣いている。
誰かが、彼女が以前、略奪癖があった女性だと婚約者に教えてしまったのだ。
婚約者の自宅に、切手が貼られてなく、消印のない封書が届き、開封すると
「貴方はとんでもない女を妻として迎えようとしています」
パソコンで印刷された手紙と一緒に、写真が同封されていた。
男性と食事をしている写真やキスをしている写真、それだけではなく、男性と手を繋いでラブホテルに入っていく写真まで同封されていたという。
婚約者は驚き、アイミちゃんを問いつめた。
手紙だけなら、頭が良くて口の達者なアイミちゃんはうまく切り抜けただろう。
しかし、キスやラブホテルに行く写真まで同封されていては、言い逃れが出来ない。
「既婚男性と付き合うような女は、ちょっと・・・」
そう言って、彼はアイミちゃんの元から去った。
「過去を気にするような男性なんて、アイミちゃんから振ってあげなよ。もっといい人がいるから」
私が慰めて、アイミちゃんは立ち直れた。
婚約破棄の原因となった手紙を送った主は、アイミちゃんの職場まで手紙と写真を送りつけた。
お陰でアイミちゃんは、クビになってしまった。困っていたアイミちゃんに、私は仕事を紹介してあげた。
小さな会社だが、信用出来る印刷会社である。
語学の出来る事務社員を探していたので、英検1級、独語検定1級、仏語検定2級を取得しているアイミちゃんを紹介したら、社長さんは喜んでアイミちゃんを迎えてくれた。
語学だけではなく、パソコンスキルもあるし、秘書検定も持っているので会社は彼女を重宝し、アイミちゃんも頑張って働いた。
仕事を頑張ったアイミちゃんに、神様は御褒美を与えてくれた。
社長さんの甥で、専務取締役の男性がアイミちゃんを見初めて、交際を始めたのである。
交際を始めて2年後、アイミちゃんはめでたく専務取締役と婚約と相成った。
アイミちゃんは泣いて喜び、私も祝福した。
ところがその直後、アイミちゃんに再び悪夢が訪れた。
職場に、彼女の素行を暴露する手紙が送られたのだ。
そして、嫌がらせの電話もかかってくるようになったという。
はじめは1日数件程度だったのに、次第に嫌がらせはエスカレート、1日に100件、200件も電話が来るようになり、業務に影響を及ぼした。
「貴方の会社にいるヤマオカアイミという女には、とんでもない過去があります。そんな女と社長の親戚として迎えてもいいのですか?」
そんな内容の電話なので、流石に無視を出来ない社長さんと婚約者の専務取締役はアイミちゃんに詰問、アイミちゃんは過去の過ちを打ち明けた。
彼女の話を聞き終えた社長さんは、
「女性の過去には拘らない主義だが・・・」
そう言ってくれたが、甥の結婚相手としては相応しくないと判断、婚約を破棄するように甥に言い渡したのである。
また婚約破棄と、職場を追われるという不幸に見舞われて、アイミちゃんは真っ青であった。
「誰がこんな事をしているの?」
震えるアイミちゃんに、私は地方への引っ越しを勧めた。
「アイミちゃんの事を誰も知らない場所なら、誰も嫌がらせをしないと思うから・・・」
私の言葉に従って、アイミちゃんは四国地方の小さな街に引っ越しをした。
新しい住所と勤務先は、私と御家族、僅かにいる信用出来る人にしか知らせなかった。
語学の出来るアイミちゃんは、語学教室の講師として働き出した。
自分の特技を活かせる職場で、過去を知らない人が親切にしてくれるので、毎日がとても楽しいとアイミちゃんから手紙が届いた。
ところが、そこでもアイミちゃんは誰かに嫌がらせを受けたのである。
「ヤマオカアイミは、過去に既婚男性と付き合ったり、友達の恋人を略奪して何人もの女性を不幸にしました」
そんな手紙が語学教室に届いた。
男性と一緒の写真も同封されていた。
そして、天職とも言える語学教室まで彼女は追い出されてしまったのだ。
「ミチルちゃん、私、怖いよ」
アイミちゃんは震えている。
何度もこんな目に遭っているので、私は犯人には1つの可能性しか、思い浮かばなかった。
「これは、アイミちゃんに恨みを持つ女性の仕業だね。アイミちゃんに御主人か恋人を略奪された誰かがしていると思う」
アイミちゃんは、ハッとした表情を見せた。
「でも、あんなのは学生時代の話よ。今は真面目に過ごしているわ」
私は彼女に、貴方はそうでも、御主人か恋人を略奪された女性の中には、粘着する体質の女性がいて、そういう体質の人は、アイミちゃんが真面目に更正しても簡単に許してくれないよ、と教えてあげた。
私の言葉を受けて、アイミちゃんは弁護士に相談した。
弁護士曰く、手紙には差出人の名前がなく、嫌がらせのである電話も相手が誰か分からないとので、どうしようも出来ないと言われ、相談料だけとられてしまった。
アイミちゃんは、また引っ越しをした。
今度は、北海道である。
アイミちゃんは、酪農農場の住み込み従業員となった。
新しい住所と勤務先は、また御家族と信用出来る人しか教えなかった。
私もその1人である。
ところが、粘着体質の人は恐ろしい。
どうやって調べたのか、アイミちゃんの勤める酪農農場にまた、嫌がらせの電話と過去の所業を赤裸々に綴られた手紙と写真が送られたという。
「誰なの!?謝るから許して!!」
アイミちゃんは、ノイローゼ寸前であった。
過去を悔い改めて、何度も引っ越しと転職をしているのに、何故嫌がらせをされているか。
簡単な話である。
私が嫌がらせをしているからだ。
アイミちゃんが略奪にハマる原因となった既婚男性は、昔、私の近所に住んでいた初恋のお兄ちゃんである。
イケメンで優しく、頭が良いお兄ちゃんは、私だけではなく、一帯の女の子達の王子様的存在であった。
お兄ちゃんの結婚が決まった時は悲しかったが、美人で私のような子供にも、奥さんは妹のように接してくれた。
彼らは私達にとって、理想の夫婦そのものであった。
幸せな生活をしていた夫婦だったのに、アイミちゃんが壊してくれた。
お兄ちゃんは絶命、奥様は心を病んだというのに、それを聞いても反省するどころか
「魅力のない奥さんに非があるのよ」
などと言って、アイミちゃんは略奪にハマってしまった。
「アイミちゃんから離れなよ」
周囲の人に何度も忠告されたのに、アイミちゃんの親友でいたのは、お兄ちゃんと奥様の復讐の為だ。
「今はショウコちゃんの恋人を狙っているの。あの子、性格だけが取り柄の子だから、簡単に略奪出来ると思う」
こんな不愉快な話を聞かされる度に、私はアイミちゃんの首を締めてやりたい衝動を必死に抑えていた。
大学卒業後、アイミちゃんは婚約をした。
「幸せになるわ」
などと抜かした彼女に復讐するべく、彼女の婚約者の連絡先を調べて、手紙と写真を送ってあげた。
目論みは見事に成功、結婚話はなくなった。
引っ越しや転職を進言しながらも、私は職場に嫌がらせの電話をしたり、婚約をぶち壊してやったりしていたのである。
私の姉は、公認会計士として個人事務所を開業しており、私は姉の事務所に会計士見習いとして就職していた。
姉もお兄ちゃんに憧れていたので、私の復讐に快く協力してくれた。
勤務時間中なのにアイミちゃんの職場に嫌がらせの電話を掛けても、嫌な顔をひとつせず、それどころか
「もっと、追い詰めてあげなさい」
とも言ってくれた。
それなのに、私に疑惑の目を向ける事なく色々相談してくるアイミちゃんを、
「馬鹿な女」
見下していると、アイミちゃんは考えてもいないだろう。
北海道の酪農農場も、アイミちゃんは追われる寸前だと言う。
「清楚なお嬢さんだと思っていたのに」
「酷い過去があるね」
酪農農場の従業員に囁かれ、心が折れそうと、アイミちゃんは電話の向こうで泣いている。
「こうなると、アイミちゃんの過去を許せない誰かの仕業としか考えられないね。因果応報ってやつかなぁ」
親友のような顔をして、アイミちゃんにそう言った私の横で姉は、パソコンのキーボードを叩きながら、口角を上げた。
アイミちゃんは一生、私から復讐される運命にある。
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