【  】の人

ペンを走らせている音が、部室内に響き渡る。

私は一心不乱にペンを走らせ、漫画を描いている。

何と言うか、 
「ペンを走らせている」
のではなく、
「ペンが勝手に走っている」
ような感じだ。

そのくらい、私はのっている。

私は漫画が好きだ。

読むのも描くのも。

ところが、どういう訳か人の趣味を笑う人がいる。

「漫画が好き」
というと、みんな
「暗そうだもんね」
薄ら笑いを浮かべて言う。

中学生の時、
「漫画を描くのが趣味です」
はじめの自己紹介で言ったらクラス中で笑いが起きた。

それから3年間、私は
「陰キャラの代表格、非リアの女王・横沢響」
そんなキャッチフレーズをつけられ、後ろ指を指されて生きる羽目になった。

パパは優しい人だから、私の趣味を尊重してくれたけどママと妹は快く思っていない。

妹は
「友達とボーイフレンドが家に来ている時は、トイレ以外は部屋から出ないで」
無いに等しい胸を張って、私に命を下した。
陽キャラの妹は、陰キャラの私の存在が恥ずかしいのだ。

パパは妹を叱ったけど、ママは
「妹の言う通り」
みたいな顔をしてコーヒーを啜っていた。

高校では「珈琲研究会」に入った。

「漫画研究会」
みたいな部があれば良かったのだが、この高校には存在しなかった。

「漫画を描く」
のはそんなにマイナーな趣味なのだろうか。

誰にも迷惑掛けていないのに。

この
「珈琲研究会」
で、私は2人の人間と知り合った。

1人は金田類子さん。私同様
「陰キャラの代表格」
みたいな子。すぐに仲良くなったのも類子だ。

もう1人は中川麗華さん。
「名は体を表す」
というが、彼女を見て、あれは本当なのだと思った。

「麗しく、華みたいな人」

美人で明るく、人気者。
誰にでも好かれており、
「将来は有名人になるの」
と豪語する彼女は、その足掛かりを掴む為に、YouTubeチャンネルを開設した。

そこそこ人気らしい。

観た事はないが、類子によると
「お洒落な人や小物なんかを紹介している動画」
らしい。

彼女は16歳にして、既に「自分」をもっていると思った。

麗華の場合は
【有名人になる人】
その目標に向かって頑張っている。

正直、羨ましい。

私みたいに平々凡々の塊とは違うのだ。 

顔も平凡、スタイルも平凡、成績も平凡。
せいぜい漫画に詳しいだけ。

そんな私に、最近ショックな事が起きた。

私同様、平々凡々の塊の仲間と信じていた類子から
「私ね、珈琲専門店を持ちたいの」 
と打ち明けられたのだ。
「だから、珈琲研究会に入ったの」
類子は微笑んだ。

実際は
「コーヒーの研究」
どころか、清涼飲料水を飲みながら、お喋りに興じるのが活動内容だと知りガッカリしたももの、それでもコーヒー教室に通ったり、お店を巡ったりして独自に勉強しているらしい。
卒業したら、専門学校でコーヒーとカフェ経営について勉強するそうだ。

「それで、響は高校を卒業したらどうするの?」
答えられなかった。

類子も麗華も、ちゃんと自分がある人だ。

【有名人になる】
麗華。

【お店を持ちたい】
類子。

それに比べて、私は・・・。

ママは、私に公務員にして、地元の役所に勤めさせたいようだ。
「安定しているし、響みたいな取り柄のない子は安定した職に就いて、安定した人と結婚するのが幸せなの」
時代錯誤もいいところだと思ったが、本音は
「ピアノが得意な妹の碧を音大に入れたい。姉の響に学費を稼ぐ手伝いをさせよう」
である事を、私は知っている。

それがいいかもな、と思った。

【アーティストになりたい】
妹の碧。
姉として、妹の夢を応援するのが当然かも知れない。

「何を描いてるの?」
ふと声を掛けられて振り向いた。

驚いた。

そこには、麗華がいる。いつの間に。

漫画を描くのと、考え事に夢中で気がつかなかった。

どうして、寄りによって麗華に見られてしまったのだろう。

陽キャラの代表格、リア充の女王・麗華に。

麗華によって、ここでも私は馬鹿にされ、いじめられる人生を送るのだ。

退学届け、いつ出そう。

その前に、ママには何と言ったらいいのだろう。

そう思っていたら、
「面白いね、これ。響ってこんな才能あるんだ。知らなかったよ」
麗華が言った。

面白い?私の漫画が?
才能ある?

私の耳は、おかしくなったのだろうか。

「これ、続きどうなるの?気になる!!完成したら、読ませてね?あっ、今度、私の動画に出てよ!私の友達に、漫画の才能がある子がいますって紹介させて!実はね、私も漫画が大好きなの!『ONE PIECE』でしょ、『NANA 』でしょ、『名探偵コナン』でしょ。シャンプーハットのこいちゃんが描いてる『パパは漫才師』も好きだし、最近だと『スパイファミリー』が最高に面白いよね。『進撃の巨人』なんて、5回も映画館に通ったよ」

麗華が1人で話しているのを、呆然と見ていた。
まさか、麗華みたいな子も漫画を愛読しているなんて。

「でも、どうして漫画を描いているのを黙ってたの?類子も知らないよね?」
私は、漫画を描いていた為にいじめられ、ママと妹に蔑まれている事を話した。
すると
「気にする事ないよ、そんなの。その人達、羨ましいだけだと思うな。だって、みんな漫画が描ける訳じゃないし」
他でもない、麗華に言われるとは思わなかった。

そう言う貴方だってYouTuberとして人気あるじゃないですか。

「私はただ、人が作り出したものを動画で紹介しているだけだよ。響みたいに、真っ白な紙から物語を生み出す事は出来ない。私は響って凄いと思うよ」

そんなに事を言われたのは、生まれて初めてだ。

「私ね、前から響とお話したかったんだ。だから話せて嬉しい。だって・・・」

麗華は、ニッコリ笑って言った。 

「響って、独特の個性があって面白いから。我が道を行くという感じがして」

何か、嬉しかった。

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