改正保険業法により可能となった保険会社グループのビジネスモデル革新
2021年5月に銀行法や保険業法など各法律の改正案が成立し、銀行や保険会社の業務範囲が拡大しました。業務範囲規制の緩和により、新しい事業やビジネスモデルの追求が可能となりました。そこで今回、森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士の増島先生をお迎えし、「改正保険業法により可能となった保険会社のビジネスモデル革新」をテーマに、業務範囲の拡大状況、保険会社の今後のサービス、そして保険会社とスタートアップの協業可能性についてお話いただきました。
(本内容は2021年9月3日に開催した Summer / Fall 2021 Summit、Insurtech Batch 7 EXPO内で行われたKeynote Sessionの内容をもとに作成しています。)
【登壇者】
森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士 増島雅和 先生
2000年東京大学法学部卒業。2001年弁護士登録。2006年コロンビア大学ロースクール卒業、2006~07年Wilson Sonsini Goodrich & Rosati(Palo Alto)。2010~12年金融庁監督局保険課、銀行第一課出向。規制改革推進会議専門委員、革新的事業活動評価委員会委員、デジタル競争市場競争会議専門委員、シェアリングエコノミー検討会議委員等の政府委員を歴任。日本ベンチャーキャピタル協会顧問、日本暗号資産ビジネス協会顧問、ブロックチェーン推進協会アドバイザー
【モデレーター】
Plug and Play Japan株式会社 Insurtech Partner Success Associate 西山イサム
西山:
2021年5月に銀行法や保険業法など各法律の改正案が成立いたしました。増島先生からは法改正が保険会社にどのような影響を与えるのか、どのようなことができ、どのようなことをやっていくべきなのか、というところをご解説いただきます。
増島先生:
本日は改正保険業法により可能となった保険会社のビジネス革新ということで、改正法によって保険会社がどのようなことができるようになったのか、またInsurtech領域においてどのような新しい取り組みができるのか、お話していきたいと思います。
銀行ビジネス環境の変化に対応した業務範囲の拡充
増島先生:
今回の大きな改正は、いわゆる「業務範囲規制の緩和」と呼ばれています。
保険会社と銀行は多くの人からお金をお預かりして、銀行であれば預金の形でいつでも引き出せなければいけません。保険会社であれば給付事由が発生した時にすぐに払わなければなりません。そのために厳格な規制が課されています。お返しすることを約束して広く一般の方から集めているお金を勝手に新規事業に投資してリスクにさらしてはいけません、ということです。
さらに、銀行や保険は資本が足りなくなった時に資金援助を受けることができる公的な保険制度、つまり銀行は預金保険機構、保険は契約者保護機構という仕組みがあります。これは銀行や保険という仕組みが機能するよう保護することで社会からの銀行や保険という仕組みに対する信頼を確保するためのものですが、民間事業者間の競争という観点から見ますと、このような公的な保険の仕組みが適用される会社と他の事業会社が同じ舞台で競争するのは不公平であるという見方もあります。そこで銀行や保険会社には本体での事業範囲・業務範囲が制限されているわけです。では子会社であれば何をしても良いのかというと、これではルールとして意味がなくなってしまうため、グループ全体で業務範囲が規制されるようなつくりとなっています。
しかし徐々に、Fintechの興隆によって、銀行の機能を部分的に代替するようなサービスを提供する事業者が出現し、有力な地位を占めるようになりつつあることで、相対的に伝統的な金融機関が持つ影響力が小さくなっています。このような流れの中で銀行も新しいビジネスモデルを追求できるようにするべきではないかという問題意識から、業務範囲が拡充されました。銀行本体も若干拡充していますが、どちらかというと子会社や兄弟会社間での業務範囲を拡充することにより、グループ全体で新しいビジネスをしやすい環境を整えようというのが今般の規制改革で議論されていたことの一つです。
もう一つ議論されていたのは、銀行グループが一般事業会社を持つことには厳しい制限があるのに、一般事業会社が銀行を持つことには十分な制限が課されておらず、これは不公平ではないかという論点です。特に、情報産業としての金融業とITビジネスの親和性や近時のFintechの動向から、ECなど非金融のIT企業グループによる金融業の参入に対して追加的な規律が必要かどうか議論されました。さまざまな議論が交わされましたが、現時点でそのような規律を課すとの結論とはならず、継続して検討することになりました。これが銀行の世界のお話です。
銀行法改正に追随する保険法
増島先生:
なぜ銀行の話をしたかと言いますと、銀行と保険の業務範囲規制はおおかた同じルールになっています。銀行法が変わるとそれに合わせて保険業法が改正されるということになっています。業務範囲規制という観点からの銀行グループと保険会社グループのイコールフッティングという考え方が背景にありますが、今回はまさにそのような考えから保険業法が追随して改正されました。
銀行の業務範囲をどのように拡充していくかという問題意識のもと、銀行法が変わると保険業法も追随して同じように変わるということが起こるため、変えられたところに保険業界の真のニーズがあるのかは必ずしも明確ではありません。ただし、追随して改正された部分には規制が緩和されたところがある以上、これをどのように活用するのかは皆さん次第ですので、改正を主体的に受け止めて何ができるかということを考えていただきたいと思います。
保険業高度化等会社における変化
増島先生:
今般の保険業法上の改正の1つに、保険業高度化等会社に関する規制緩和があります。保険業高度化等会社とは、もともと保険会社が議決権を10%を超えて保有することができなかった一般事業会社について、認可を受けることで10%を超えて、場合によっては子会社化することもできるというものです。この仕組み自体は現行法上もありましたが、その取扱いが改正法によって緩和されました。また、保険会社本体で行うことができる業務も少し拡大しました。マイナーなところではありますがスタートアップ投資に関連するものとして、保険会社系のベンチャーキャピタルが投資することができるスタートアップの範囲が少し拡大しました。さらに、保険会社がこれまで持っていたグループの業務をアウトソーシングする子会社について、グループ外の顧客獲得が大きく解禁されました。
今回皆さんが関心ありそうなテーマに関連した改正事項を簡単にまとめると、以下の3つを挙げることができるでしょう。
1) 一般事業会社への出資や買収をしやすくなったこと。
2) ベンチャーキャピタルで出資できる会社の範囲が広くなったこと。
3) アウトソーシング会社として作った子会社でお客さんを増やせるようになったこと。
保険会社の今後のサービス
西山:
ありがとうございます。銀行を追いかける形で保険業法も変わってきているのですね。話題になっている「地方創生」や「高齢者のお客様への対応」に関連した新規業務を保険会社グループが手掛けることを考えるとすると、具体的に保険会社で「できること」「やるべきこと」は今後どのようなサービスになってくるのでしょうか?
増島先生:
保険会社がこれらの領域を考える時は、やはりデジタル化というテーマと絡めて考える必要があります。皆さんDXを進める中で、これからのデジタル社会のなかで保険がどのように社会に役に立てるのかという「原点」を考えるようになられているかと思います。その時に皆さんが考えてらっしゃるのは、顧客に寄り添って課題を解決するということを発想に立てば、「保険、保険」と自らの売り物が前面に出るのではなく、顧客が本当に欲しい商品やサービスがあったり、生き方の選択をしようとしたときに、「でも、もし〇〇が起こったらどうしよう」という悩みを解決するところに保険の真価がある、ということだと思います。その意味で、保険というのは残高が財産でこれを管理したり移動したりすることをサポートする銀行や証券といったビジネスよりもずっとリアルに近いビジネスです。
例えば、現在政府が公表しているデータ戦略によると、これから日本がデジタル領域で力を入れていく分野は農業、医療・ヘルスケア、モビリティー、スマートシティと数多くありますが、これらのリアルビジネスのそれぞれの分野に、関連する保険サービスがあります。どんなビジネスでもリスクがつきもので、特に新しい領域では色々なことが起こりますので、そうしたものに寄り添っていくのが保険というサービス業です。データ戦略で政府が戦略分野や重点分野として指定している分野は、政府がその分野のデジタル化に向けて旗を振るということです。これには単にその分野に予算が付くというだけではなく、規制の改革すなわちルールを変えて新たな市場を生み出すということを意味しています。デジタル化により新たな市場が生まれていく分野に正しく着目をして、顧客を向いた価値提案をするとすれば、それは保険であれ他のサービスであれデジタルを活用したサービスとなることは明らかです。「地域創生」や「高齢者対応」については、デジタル化で生じた余剰で人手をかけて行うべき、という論調もあるのですが、民間事業者のアプローチとしては、デジタルで地域も高齢者も包摂する方法を考えていく必要があるのだろうと思いますし、保険業界が社会に対して出していく価値も、そのようなものであるべきなのではないかと思います。
保険会社の業務範囲の拡大領域
西山:
保険会社がスタートアップとの協業や投資などの業務に与える影響とは何でしょうか?
増島先生:
まず、保険会社の目線でこの保険業法改正をどのように見るかです。先ほど言ったように実態としては保険業法改正は銀行法改正に追随したものであるわけですが、連動して変わっただけですという捉え方では、そこから次のアクションが生まれません。そのため保険会社として、この規制改正をどのようにとらえるか主体的に考える作業が必要になります。
どのように再構成していくかといいますと、まず保険会社を見たときに保険と非保険の領域の境界がなくなってきているため、お客さまは保険がこれまで果たしてきた課題解決に対して、保険以外のソリューションを選択することができるようになってきています。これを保険会社の側からどのようにとらえるべきかというと、社会全体が保険会社に対して期待している役割が拡大しているととらえるべきなんだろうと思います。保険商品以外の方法で保険がお客さまに提供してきた価値を提供することができるのであれば、保険会社グループは使命を果たすためにその新しい方法でのソリューションを提供するべきだということです。だからこそ業務範囲が拡大されたのだという読み方をしていただきたいです。
では、どのような領域で拡大をしているのか。
まず事業再生の領域です。この領域はどちらかといえば投資銀行業務的なところがあるため銀行の領域に近いと思われますが、そのような領域での拡大が規制法上は起きています。もう一つは地方活性化です。地方活性化は銀行や地銀のテーマとして見えるかもしれませんが、一部の保険会社グループは地域活性化にコミットしています。このように一見すると銀行のテーマではあるけれども自分事に捉え、そこにミッションを持つことは非常に前向きなやり方だと思います。三つ目は保険会社のバックエンド業務がグループ外に拡大してきていることです。保険会社のアウトソーシング先である子会社が他社顧客をとれることは、まさにAmazonモデルと言ってよいでしょう。AmazonはEC事業を展開していた際に、作った物流網を開放したり、ECや物流をスムーズにこなすために作ったクラウドサービスも開放しAWSを作りました。それになぞらえたことを皆さんも実現できる可能性があると思います。最後には保険会社が他の非金融分野に投資する機会の増加です。保険会社グループはもともと持株会社の傘下にさまざまな業態の子会社を置くことができるルールになっており、銀行グループより業務範囲規制が厳しくありませんでした。しかし、企業のリソースは保険持株会社ではなく保険会社本体にあるため、保険会社の子会社として一般事業会社を置きたいというニーズは依然としてあります。そのようなニーズに合う形で、障害者雇用を特徴とするいわゆる特例子会社やITビジネス、地域産品の販売マッチングなど、保険会社がこれまで顧客に提供してきた価値を引き続き提供していくため、子会社を通じて行うべき非金融ビジネスにはさまざまなものが考えられます。そのなかから何を選び取っていくかは、まさにその会社の存在意義、その会社はどのように社会に価値を提供していくことを目的としているのか、そこに遡って分野を定めるべきで、見定めた分野に果敢に挑戦をしていくということなのだろうと思います。
保険会社とスタートアップの協業可能性
増島先生:
最近「エンベデッド・ファイナンス(埋込型金融)」が注目を集めていますが、ここ数年の金融規制の改正は、今まで垂直に切られていた金融業態を、その果たすべき機能に着目して水平に切っていくかたちで再編成していくという大きなテーマを持っています。こうした大きな流れを正しく理解することは、金融ビジネスの中長期的な戦略を考えるうえで非常に重要です。
これからのデジタル金融領域は、ユーザとの接点の部分を非金融サービスが担い、インターフェースである非金融サービスの事業者が適時に適切なニーズをとらえて、金融に関する仲介ライセンスを持った事業者が、そのニーズに合った金融機関にマッチングすることが基本形となると思われます。金融機関は基本的に口座、すなわちウォレットを提供して利用者からお金を預かり、これを運用して、一定の場合にこれをお返しします。保険会社であれば、事故が起こった場合にお金を確実にお届けする機能を担うということです。また、正しくお金を管理して、約束通りにお金をお返しするためには、正確なオペレーションが不可欠ですので、オペレーションにはさまざまな業法上の規制がかかっています。ここが皆さんにとって非常に重いところではありますが、この部分をITやデジタル化で機械の力を活用することで、より安価、かつ正確で素早い事務処理をすることができます。
オペレーションはウォレット機能/資本機能とは必ずしも一事業者内で運営される必要はないというコンセプトがあります。このような考えから、オペレーション部分を切り出す動きがあり、それを大きく「レグテック(Reg Tech)」と言います。オペレーションに規制がかかっているので、技術を使って規制を遵守することから、これをもってレグテックと位置付けるわけです。金融機関が本体で必ずやらなければいけないのはこのウォレット機能/資本機能であるため、ここをしっかりやっていただく必要があるわけですが、現に金融機関はウォレット機能/資本機能以外のファンクションも持っています。特に規制改革によって事務処理のファンクションをデジタル化し、グループ外に対して売りやすくなったため、それを積極的にやっていくべきではないかと思います。
またデータの観点からみた時に、金融機関全体の事務処理は正確であると国民の大多数の人たちから支持を得ています。これに対して、デジタルプラットフォーマーは、同様の信頼を得るには至っていない状態です。皆さんが金融ビジネスで蓄積した社会からの「トラスト」をどのようにデータビジネスで使っていくか、この発想は極めて大事です。このような観点から皆様のビジネスを見直していただくと、データビジネスに一番適した会社はトラストを蓄積している金融機関ではないか、というアジェンダセッティングをしていくことは、まっとうな感覚ではないかと思っています。
金融全般についてお話しましたが、その一つである保険会社もこのような文脈でビジネスを広げていくというのが本筋であろうと思います。あるべき未来を正確にとらえて、その未来をつかみ取るために必要な経営リソースをしっかりと揃えて、ビジネスを展開することを考えていくのだと思います。そのように考えたときに、保険会社グループに必要となることが多い、補充が必要なリソースは、データ連携基盤やデジタル人材・アントプレナー人材といったこれまで必ずしも重要視されてこなかった分野のリソースです。それをどのように調達していくのかを考えたときに、スタートアップとの協業は極めて大事になってくると思っています。保険業高度化等会社の世界では、より幅広い一般事業会社を子会社化できるため、Insurtechを含むIT企業、デジタルで先進化した企業を子会社にすることが可能です。今般の改正法は、皆様が必要としているリソースの獲得を、買収投資によって実現することも可能ということを意味しています。皆さんには、ここにも今般の法改正の積極的な意味を読み込んでいただきたいと思います。
西山:
将来的に幅広い領域で保険会社が活躍できるステージがある中で、Plug and Play Japanとしても、企業パートナーとスタートアップをつなぎ、保険業界全体がアップデートしていけるようなサポートを提供していけるよう邁進していきたいです。
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