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ママが泣くとき

はじめて体験して感動したモノといえば、電動自転車だ。
15年くらい前に自転車屋さんのWebサイトを作成した際に行った店舗の視察で、乗せてもらった。はじめの一漕ぎめの加速感は思わず「ぉおお!」という声をあげた。

長女が生まれて2年が過ぎた頃、それまで、独身時代から使っている小径の自転車だったのだが、子供を乗せて、保育園への送り迎えや買い物で使う自転車が必要になり、子乗せの電動自転車に買い替えた。

子供が生まれて色々な出費は増えていたが、「毎日のことだし、楽できるところはできるだけ楽させてあげたい」という気持ちで奮発した。それでも、当時14万円位だったと思う。

それから長女が7歳になり、パパとの自転車の練習を経て、安全に自分の自転車で移動ができるようになるまで、その電動子乗せ自転車は、私以上に苦楽をともにしたパートナーだったのだと思う。

長女が小学3年生になる頃、次女が生まれた。
そして、その2年後、しばらくは誰も乗ることがなかった後ろの子乗せシートに、小さな懐かしい重みが戻ってきた。

5、6年ぶりに、子供を後ろに乗せたベテランの電動自転車は、相変わらずその重さを全く感じさせない走りは見せてくれるものの、やはり、至る所に傷やサビが目立ち、その姿は、まるで数年ぶりに戦場に戻った老兵のようで、少し貫禄を醸し出しつつも、以前は、5日に一度で良かった充電は、2日に一度は充電器へ戻さないといけない、という製品としての衰えは目に明らかだった。

次女が補助輪を外して、練習を始めた頃、その子乗せ自転車のタイヤがパンクをした。子乗せ自転車のタイヤは、通常のそれよりも太くて丈夫なものであったが、自転車屋さんに、パンク修理に持っていくと、寿命であったらしい。しかも、タイヤの亀裂だけではく、タイヤの内側にある細い無数の棒スポークは既も数本折れており、気付かずに乗っていたら、大きな事故になっていたかもしれないという状態であったそうだ。

「タイヤを取り替えることはできるが、パンクしていない方のタイヤも変えたほうがよいということで、部品代や工賃で4~5万円くらいかかるとのこと。もう子乗せではない普通の自転車に買い替えようかなと思うけど‥」と自転車屋にいたママから送られてきたLINEのメッセージに「うん、良いと思うよ」と、私は返答した。

その夜、帰宅して私の晩ごはんを並べながら、ママから「新しい自転車、決めきらんかった。」と聞いた。パンクした自転車も修理せず、自転車屋さんに預けてきたそうだ。

翌週、「今日、自転車屋さんに行ってくる。」と言って、外出したママはなかなか帰宅しなかった。
「ついでに買い物でも行ってるのかな」と過ごしていると、ママが帰ってきた。帰宅したママの二本の腕は、真新しい少しおしゃれな濃いブラウンのミニベロの自転車のハンドルをにぎっていた。

「これ買った」と微笑みながら自転車を左右に揺らすママに「遅かったね?」と尋ねると、「新しい自転車はすぐに決まったんやけど、あの子乗せ自転車とお別れするのが寂しすぎて・・・・・・」と。

一漕ぎ一漕ぎに足に伝わる二人の子供の重さで成長を感じながら、はじめはブカブカだったヘルメットや一緒に行った買い物の日々が思い出され、それまで全く手入れなどをしなかったことの申し訳なさ、そして、暑い日も寒い日も苦楽を共にした子育てのパートナーが廃棄されてしまうことへの寂しさで、涙が止まらなかったという。
最後、お店の人に雑巾を借りて、「ありがとうね」「ご苦労さんね」と声をかけながら、ハンドル、前カゴ、サドル、チェーンカバー、そして、子乗せシートを拭き上げてきたそうだ。

育児をしていると、それまでの慌ただしすぎる日常が、急になくなってしまうタイミングがある。
卒乳、オムツ、ベビーカー、だっこ紐・・・・・・その過酷ともいえる日常を共に支えてくれたモノたち。
そして、今、繋いでいるこの手や親という存在さえも不要になる日は急に訪れるのだろう。


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