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孫氏の兵法に学ぶ失敗の本質:孫正義×松尾豊×茂木健一郎

現実逃避?孫正義氏が株主総会で明かした「大泣き」とは
山口敦雄・経済部
2023年6月23日
(中略)
孫氏は人口知能(AI)の戦略を語る一方で、2年連続の巨額赤字に対する経営責任への明確な言及はなく「現実逃避」感が目立つ株主総会だった。

毎日新聞

ChatGPTの「最大のパートナーはソフトバンクに」 孫氏が意欲
松本真弥2023年6月20日 15時36分
ソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長は20日、対話型AI(人工知能)「ChatGPT(チャットGPT)」を開発した米オープンAIについて、「(日本での)最大のパートナーになるのはソフトバンクになる」と述べ、共同で事業を展開したい考えを示した。

朝日新聞デジタル

AI利権で暗躍しているのはやはり…

 孫正義のChatGPTの解説が、上のリンクのソフトバンクの株主総会ビデオの1時間37分あたりから始まります。孫正義はChatGPTに関して『私が正確にお答えします』と前置きしてから、話している内容の大半が間違っていてました。

孫正義:ChatGPTは2021年の9月までの情報を『ぜ~んぶ世界中のあらゆるデータを学習している』

孫正義はChatGPTが何を学習しているかと言った基本的なことが理解できていません。ChatGPTには間違って以下のような情報が入っていることもありますが、表向きは以下のような情報は、含まれないことになっています。

(1) データの選択性:
OpenAIがChatGPTを訓練する際に使用するデータは、主にインターネット上で公開されているテキスト情報に限られます。そのため、公に利用可能でない情報、つまり秘密情報、特許情報、個人的な通信(例えばプライベートなEメールやメッセージ)、または非公開のデータベース等の情報は学習データに含まれません。

(2) 言語と地域の制限:OpenAIは主に英語のデータセットを使用してChatGPTを訓練しています。そのため、英語以外の言語や特定の地域や文化に関する情報は必ずしも正確に反映されていません。

(3) データの質とバイアス:学習データの質は、AIの出力の質に直接影響します。インターネット上の情報は必ずしも正確であるとは限らず、間違った情報や偏見を含むことがあります。これらのデータを学習すると、AIもそれらの誤情報やバイアスを反映する可能性があるため、全ての情報を鵜呑みにしている訳ではありません。

(4) データの形式:ChatGPTはテキストベースのデータを学習します。したがって、画像、ビデオ、音声といった非テキスト形式のデータや、それらから派生する情報は学習データに含まれません。

(5) 具体的な個々人の情報:ChatGPTは具体的な個々の人々の個人情報やプライベートな詳細は学習データに含まれず、そのためにそれらの情報を提供することはできません。

(6) 機密情報とセキュリティ: 企業秘密、国家機密、他の機密情報は公に利用可能な情報には含まれず、したがってChatGPTの学習データにも含まれません。

 孫正義がChatGPTのことを理解できていないのは、孫正義のAIに対する理解力が低いのか、孫正義に間違ったことを教えている日本のAI研究の第一人者のせいか判断が難しいところです。彼らはChatGPTが何なのかについて、ChatGPTに質問すると良いでしょう。

孫社長が“大泣き”した理由「AIは全人類の叡智を総和したレベルの少なくとも1万倍になる」
太田智晴(編集部)
2023.06.21
(中略)
この“大泣き”を機に、経営者としての責任を果たすための左脳を中心とした活動から、発明というクリエイティブな右脳を中心とした活動へシフトしたという孫氏。

BUSINESS NETWORK

『AIは全人類の叡智を総和したレベルの少なくとも1万倍になる』の間違い
 
 このタイトルだけで、ハードカバーブック一冊書けるだけの間違いが含まれますが、その一部を簡単に説明します。
 
 まず、AIの能力を評価する際の要素の一つに、AIの学習能力や推論能力を考慮する必要があります。現在のAIは、あらかじめ与えられたデータを基に学習を行い、その結果を予測や分類などの形で出力します。一見するとこれは人間の知識を超えているかのように見えますが、AIが出力できる結果はあくまで学習した範囲内のものであり、その範囲外の事象については適切に反応できません。

 孫正義は株主総会で、ChatGPTが大学の医学部の入学試験の上位10%の合格者になるほど凄いなどと述べていますが、その程度では駆け出しの大腸肛門科専門医以下です。大腸肛門科専門医になるためには、医学部に合格するだけでなく、医師国家試験合格後に、インターンシップ研修を受け、大腸肛門科専門医資格を取得し、臨床経験を積んで漸く大腸肛門専門医になれます。要するに医学部に合格できるレベルの知識は、それほど大したことはありません。

 これは弁護士や公認会計士でも同じです。試験に合格した程度では、実務では全く使い物にはならず、この程度の知識を全人類の叡智とは言いません。
 
 また、AIはあくまで計算とパターン認識に基づく予測を行うものであり、人間が持つ創造性や直感、感情といった要素を持つことはできません。これらの要素は全人類の叡智の一部であり、AIがこれらを模倣または獲得することは現在の科学技術では不可能です。
 
 さらに、AIは複雑な問題に対する解決策を自己生成する能力がありません。これは、人間が直面する多くの問題が複雑で予測不可能な要素を含んでいるためです。人間の脳は新たな情報を統合し、新たな視点や解決策を生み出す能力を持っていますが、AIは現時点ではこのような『洞察力』はありません。

 ChatGPTやBERTのようなNLP(LLM)が書いた文章を読んで、『凄い文章力だ』と驚いている人は、単に人並み以下の文章力しかないというだけの話しです。LLMの知識量に驚く人もいますが、その程度のことはWikipediaに書いてあります。

 次に、全人類の叡智という概念について考えてみましょう。人間の知識や経験は極めて多様で、それぞれの個々人が持つ視点や文化的背景、価値観などによって異なる解釈や理解が生まれます。このような多様性を数値で表すことは困難であり、このような叡智を『総和』し『1万倍』にするという概念自体が成り立ちません。このような根拠のない出鱈目な数字で投資家を錯誤させるのは、孫正義と松尾豊の共通点と言えるでしょう。 

AI(人工知能)研究の第一人者、東京大学の松尾豊氏だ。秘訣はむろんAI、ビッグデータの駆使――ではなく、「相手の立場で物を考える」ビジネスの発想だという。そして強調する。「発想を変えれば、国立大学は今の百倍、一千倍は稼げる」と。

株式会社ジアース教育新社

『経営者としての責任を果たすための左脳を中心とした活動から、発明というクリエイティブな右脳を中心とした活動へシフトする』 by 孫正義 

『無知な学者』と付き合うと『無知感染』するのか、『無知』だから学者のレベルが分からず『無知な学者』に教えを乞うのかは、AI無知倫理学会では『無知の起源問題』として、如何にして『無知連鎖』が発生するかの研究テーマとなっています。

 経営者が左脳から右脳への思考のシフトを図るという考え方は、孫正義の年齢から推測すると、1981~1985年頃に世界的なブームとなったロジャー・スペリー関連の右脳左脳思考に関する書籍の影響だと思われますが、自称コメディアンの茂木健一郎の影響の可能性もあります。

 ロジャー・スペリーは神経生理学者で、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。彼の研究は、脳の左半球と右半球がそれぞれ異なる認知機能を持つことを示し、広く受け入れられました。ただし、彼の研究内容は主に癲癇治療を目的として、右脳と左脳をつなぐ脳梁を切り離した分離脳の患者に基づいており、一般的な人々の脳機能については完全には説明できていません。

 この理論が一般的になると、一部の心理学者や教育者は、脳の左右半球の機能差を強調し、人間の思考や学習スタイルが『左脳優位』または『右脳優位』に大きく依存すると主張しました。これが、ニューエイジ的な自己啓発本や教育資料に広く取り入れられ、大衆文化に広まる切っ掛けとなりました。

 しかし、『左脳・右脳神話』は、その後、以下のような多数の学者から否定されており、いまどき『左脳・右脳神話』や『AI神話』を持ち出してくるとは、1990年代初期の日本のバブル崩壊の『土地神話』の信者の話しでも聞いているようです。
 
Michael Gazzaniga:分裂脳研究の先駆者として知られ、両半球の違いについての理解を深めるための基礎研究を行いました。彼は『The Myth of the Split Brain』などの著作で、『左脳・右脳神話』についての誤解を明らかにしています。脳の両半球はそれぞれ独立に機能し、どちらの半球も言語や思考を担当できることは証明済みです。
 
Christian Jarrett:神経心理学者であり、彼の著書『Great Myths of the Brain』では、『左脳・右脳神話』を含む多くの一般的な脳神経科学の神話(間違い)を詳細に説明しています。
 
Sergio Della Sala:『Mind Myths: Exploring Popular Assumptions About the Mind and Brain』という本の編集者であり、この本では『左脳・右脳』の神話を含む一般的な誤解を検証しています。

 ノーベル生理学・医学賞受賞後に業績が完全に否定されている精神科医としては、ロボトミー(Lobotomy)手術で悪名の高いエガス・モニス(Egas Moniz)を挙げることができますが、人工知能以前に模倣対象である人間の脳に関して、人類が科学的に理解できていることは極一部に過ぎず、研究すれば研究するほど何も解っていないことが分かるのが、脳神経科学や脳科学の世界です。

 孫正義はAIや左脳や右脳を語る以前に、AIならびに人間の脳に関する『己の無知』を理解する必要があります。脳の左半球と右半球がそれぞれ『論理的』・『創造的』といった一連の特性を持つという『左脳・右脳理論』は、一部の初期の神経科学的研究から広まった似非科学で、実際には脳の両半球は多くの認知機能で連携して動作していることは、いまでは常識の範疇です。
 
 さらには、一方の能力を極端に増強し、他方を無視するというのは賢明な戦略とは言えません。経営者が創造性を発揮するために『孫正義的右脳思考』にシフトするということは、換言すると分析的な視点を無視すると言っているのと同じです。これは極端な結果を招く可能性があり、例えば、財務リスクの過小評価や戦略的ミスを生むことにつながり得ます。これでは、毎日新聞などから、既に致命的な経営ミスをしていることからの『現実逃避』と指摘されても仕方がないでしょう。
 
 要するに『左脳思考』から『右脳思考』への一方的なシフトは科学的根拠に乏しく、また経営的な観点からも最善の戦略ではありません。代わりに、経営者は分析と創造性を結びつける能力を高め、バランスの取れた視点から決定を下すことが経営者としては必要です。

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