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ラチェルバ 藤田政昭シェフ「自分のアイデンティは一人の料理人でしかない」

新型コロナの影響でレストランが業態変更を余儀なくされる中、「ラチェルバ」もまた、普段とは異なるスタイルで営業しています。しかし藤田政昭シェフ曰く、「むしろ楽しく過ごしています」。そのポジティブな心境はどこから来るのでしょうか?

◆ラチェルバ(大阪・北新地)基本情報
・カウンター6席、テーブル10席
・ディナーコース1万円・1万5000円(ジビエの時期に変動あり)
・2007年「トレ ルマーケ」として開業、2015年現在地に移転、店名を「ラチェルバ」に
◆コロナ後の対応策[4月28日現在]
・4月21日より、週替わり「ラチェルバ テイクアウトBOX」(2000円)予約販売
・うな重(半身2100円、一尾4200円)予約販売
・席数と時間(20時まで)を制限してレストラン営業
(BOXの内容についてはラチェルバ公式Instagram参照)

――今の状況をどのように見ていますか。

焼け野原だと思いますね。ただ、全然悲観はしていないんです。ゼロになったところから、どうやって立ち上がろうか。次に何をするか。そういうことを考えるのが面白いです。面白いと言っては不謹慎かもしれませんが……。

――今お店では、週替わりの「ラチェルバ テイクアウトBOX」(2000円)を販売しています。

BOXのコンセプトは「レストランの普段食」です。「レストランが本気で普段の食事を作ったらこうなる」という内容。メニューは中華の丼ものやカレーからスタートしています。

――普段とは異なる、カジュアルな料理を売ることに抵抗感はありませんでしたか?

まったくないですね。僕は13年前、ランチ800円のトラットリアからはじめた人間。叩き上げの雑草魂なんです(笑)。頭の切り替えは早いですよ。

それに1万円、2万円するような高級なセットを小さく売るより、世の中が暗いムードになっている中、できるだけ多くの人においしいものを早く届けたい気持ちのほうが強かった。

もちろん自分の店で作ろうとしているコンセプトやブランディングとは少し離れるかもしれないけれども、今はそんなことはちっぽけなエゴにしか僕には考えられない。それに、みんな経済的に苦しい中、作りたいのは高級料理じゃないよなって、自分の中での料理人としての本能が訴えてきたんです。

「ラチェルバの藤田はカレー作ったり、うな重やってるんだって」という感じで笑って楽しんでもらえればそれでいいし、僕自身もやるんだったらお客さんが支払う対価の上にいきたいから、本家のカレー屋さんやうなぎ屋さんにも負けないように努力する。それが結局楽しいんです。

――テイクアウトBOXの販売と並行して、十分に対策をとり、自粛要請に従い20時までとしながら、レストラン営業も続けています。

そうですね。スタッフたちとも話し合って決めました。なぜ続行しようとしたかというと、単純に思ったのが、やめたら腕が鈍るから。それが本心です。

だからお客さんがゼロという日でも店に来て、夜の11時頃までいます(笑)。でないと落ち着かない。

――そういう時は店で何をしているんですか。

 試作と思索……(笑)。思いっきり試作ができるのが本当に嬉しいです。今まで「あれやりたい、これやりたい」でも「時間がないからできない」と言い訳していたので、今回のこの状況はチャンスだと思って。

それと、さっき話した、カジュアルなテイクアウト商品の開発にも時間をあてています。これに関しては、社内で新規事業を立ち上げている気持ちで本腰を入れて。

あとは椅子に座って思いっきり思索する。普段の仕事が立ち仕事なので、店で椅子に10分座るだけでも無茶苦茶新鮮で、仕事の細かい部分を見つめ直したり、次の戦略を練ったり、本を読んだりしています。気づくと2時間たってた、とか。

――そのように今の状況を楽しむことができるのは、ラチェルバは経営的にある程度の見通しが立っているから、と考えていいでしょうか?

もちろんコロナの影響で売上は下がっています、通常営業している方が、経営的には全然いいですよ。ただ、焼け野原の真ん中に裸一貫で立った時、自分のアイデンティティは一人の料理人でしかない、と再認識できた。だから、テイクアウトでも何でも楽しいのは当たり前。料理が作れるんですから。

あと、大阪は一昨年に大きな地震や台風、水害もあり、その時も売上が落ちた。経営面では、いつ何が起きるかわからない、という意識を常に持っていたのです。これからもそう。来年になったらまた新しい細菌のパンデミックがあるかもわからないし、大地震だって、富士山の噴火だって……。

その上で経営者としてどんな責任を取っていくべきなのか。「人を雇う」というのはどういうことなのか。そういったことを踏まえて、店は4年前から法人化して内部留保を確保するなど、備えに努めてきました。もちろん今回のコロナ禍には全然足りませんでしたが、経営者としてこれから進むべき方向性が自分の中でより明確になったと思います。

コロナ後は、本質が評価される世界になってほしい


――コロナの後のレストラン業界は、どのようになると思いますか?

うーん、預言者ではないのでわかりませんが、一つ言えるのは、レストランの関連多角化とホワイト化が進むのでは、ということです。

 今回の非常事態宣言を受けた自粛要請に従って、全国のレストランのみなさんの大多数が瞬時にテイクアウトやデリバリー、地方配送へとシフトチェンジできたと思うんです。それって、もともとそれだけの技術力やノウハウをみんな持っていたからですよね。ただやっていなかっただけで。

 だから今回のコロナ禍の経験を通して身に着けた新しいスキルをコロナが収まったからといって手放すにはあまりにももったいない。コロナ後のレストランの新しいビジネスモデルを構築していくにはもってこいのチャンスだと僕は考えています。

 そういった取り組みを進めることは、実は以前から業界の課題にもなっている労働環境のホワイト化にもつながっていくはず、と考えているます。そもそも業界全体がホワイト化していかなければ、これだけまざまざと飲食業界の経営の不安定さを社会に暴露された今、この業界に再び夢をもって参入してくる若者たちを見つけるのは今後至難の業になってくると思います。

――コロナ後も生き残れる、残れない、の分け目は何だと思いますか。

シンプルに続ける意思と意識改革だと思います。自分に関していえば、絶対に生き残るという強い思いは持っています。何をしてでも料理を続ける。そう思えるかどうかが分かれ目じゃないでしょうか。

ーーコロナ後のレストラン業界で、特に取り組みたいことはありますか。

取り組みたいというか、コロナ後のレストラン業界がこうなっていたらいいな、という望みがあります。それは、より料理の本質に、お客さんやマスコミの意識がゆくこと。

コロナ前のレストラン業界は、一部のバブル的なお店に注目とお金が集中している、ちょっといびつな状態だったと思います。でもコロナ禍を経験した皆がそうだと思いますが、「本当に大切なものは何だろう」と内省する。その結果、コロナが落ち着いたら浮き足立った消費は減り、本質が評価される世界になってくれれば……と思っています。まあ、楽観的かもしれませんが、僕の希望としてはそうです。

ただ、内省の時期を経て「高級レストランにはもう行かなくていい」という人も一定数出てくると思います。そうした人たちを呼び戻すだけの魅力、本当の品質を、僕たちが提供できるか。そこが肝になるのでは、とも思っています。

いずれにせよ、僕は全然悲観していません。やることやったら絶対に大丈夫だと思っています。

ポートレート

藤田政昭
1973年奈良県生まれ。2007年に大阪・南森町に「タベルナ デッレ トレ ルマーケ」を開業。2015年7月、店名を「ラチェルバ」とし現在の場所に移転。
ラチェルバ LACERBA
大阪市北区堂島1-2-1 新ダイビル2階
06-6136-8089


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