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鉄臭溽暑|スメルハラスメントを過剰に警戒

サラリーマン七十二候になぞらえたエッセイをシレッと投稿し始めてみたところ、面白がって読んでくださる方が何人かいらっしゃってまんざらでもなく嬉しくなっています。目下下半期の七十二候を完成させ、並行してサラリーマン七十二候のエッセイを都合72本執筆することがおれのミッションになるというわけなんですが。

鉄臭溽暑(てつにおいてむしあつし)ということですけど。「溽暑」と書いて「じょくしょ」と読むそうですが、普段なかなか目にすることのない単語ですよね。蒸し暑いという意味だそうですが。じゃあ「蒸し暑い」って言えばよくね?わざわざ溽暑という言葉を使いたがるお前が一番蒸し暑いんだよ!と悪態をつきたくなってしまいます。

本来の七十二候だと「土潤溽暑(つちうるおいてむしあつし)」ということで、それをもじって「鉄臭溽暑」。いいですよね。電車の中が臭くて蒸し暑いということです。

電車内の蒸し暑さもさることながら、夏場特有のスメルにもうんざりしてしまう時分です。汗、生乾き、口臭、悪い内臓の臭いなど様々な臭いが入り混じってつぶさに描写するのも嫌なわけでございますけれども。

これまでは、こういった臭いは主に車内に乗り合わせた、あまり清潔でない中年のおじさまから発せられているものであると思っていたわけなのですが、いよいよ30を過ぎて他人事ではないな、という気持ちになっています。

かつてほんのりミルクの匂いに包まれていたベイビーちゃんだったおれも30年あまりを人間界で過ごし、特にここ10数年ほどは寿命を削る生き方をしておりますから。脂っこいもの、アルコール、たばこ、深夜残業、ラーメン、牛丼…といった不摂生漬けになっておりますからね。意識をしないとどうしても異スメルが発せられてもおかしくない状況です。

ですから、普段はお香水やマウスウォッシュでもってなるべくいい匂いに、いや、いい匂いにならなくてもしっかりその辺は対策しているんですよということだけでもご理解いただけるように取り組んでおるわけです。当然電車に乗るときなんかは胸に一輪のラベンダーを挿してます。ときどき胸筋でそのラベンダーを上下させたりなんかしてね。いいにお~いっつって。

電車はどんなに臭くても3~40分も我慢すれば降りられるからいいのですが、肝心なのはオフィスです。弊社は女性比率が多くを占めておりますが、ビジネスマン生活を円滑に過ごすためには報連相、根回し、調整(最後だけざっくりだな!)などが必要ですが、それよりも重要なのは女性社員から嫌われないことでございます。当然、身だしなみはもちろん、異スメルを発さぬよう対策が必要になってきますよね。

我々のチームは20代後半~40代前半の男性のみで構成されているので、お互いに声をかけあって、スメルハラスメントを引き起こさないように一丸となって注意しています。「今日は無臭!異常なし!」とか、「今日のきみは少しにんにくの匂いがする!」「そういうあなたは少したばこ臭い!」などね。

当然、かばんの中にはいい匂いの汗拭きシートをしのばせ、必要に応じて適宜シェアをしています。それから、通勤で汗をかいたらすぐに着替えられるようTシャツの替えを日に3枚も持っている人もいます。

おれは、胸ポケットのラベンダーの匂いが切れてしまったときのためにリュックサックの中にラベンダーを束で入れてますけどね。あと頻繁にお香水の話題を持ち出して、デザイナーの女性陣などにチョイスに問題がないか確認をしてもらっています。今はギャルソンの「京都のお香」をイメージしたお香水をふりまいております。お香のかおりをさながら和尚のごとく漂わせている2024年の夏です。スメルハラスメントを回避するために必死です!

ただ、時々、香水もなにもつけている様子がないのにも関わらずいい匂いがする人っていませんか?洗剤や柔軟剤で丁寧に洗いこんでしっかり外で干した洗濯物に、清潔感のあるお部屋のルームフレグランスが混ざったような、やわらかい匂い?うまく言えませんが、香水をつけるまでもなくいい匂いの人になるというのが最終的なおれの目標です。

それから、「人んち」の匂いってありますよね。明らかに自分の生活からは発せられない、アウェイ感のある香りといいますか、例えば小学生の頃、友達の家に遊びに行ったとき、お宅のドアを開けた瞬間にひろがるあの匂いです。「ここはあなたの生活空間とは違うのですよ」と言われているような、「他人の生活」を突き付けられるような、なんだか物悲しい匂いです。

東京で一人暮らしを始めてもう10数年になるんですが、この部屋にもまた、部屋が持つ「匂い」があるように思います。ふだんは特段意識することはないですし、今も鼻から大きく息を吸い込んでも何も感じることはありません。でも、田舎に帰省をした際にはすごく自分の部屋の匂いを意識するのです。

帰省の時は、大きなかばんに着替えや生活道具を詰めて新幹線に乗るのですが、実家に到着して荷物を開けたときに、なんだか自分の実家の匂いとは異質な匂いが広がります。

そこには快も不快もないのですが、ただ実家の匂いと、10数年にわたる生活の中で構築された自分の匂いとのふたつが同じ空間に存在し、同時にそれらは相容れないものであるということを確実に感じるわけです。その時、なぜか頭には必ず「自立」の二文字が浮かぶのです。

ただ、2、3日も実家で過ごすとすっかり身体には実家の匂いが、まるで久しぶりに会う飼い猫が自分のことを思い出してくれたかのように染みついています。そうこうしているうちにまた東京に戻ると、もう長い付き合いになる街の愛すべき部屋が、翻意したように他人の家の匂いで出迎えてくるのです。所在ない。そんな感じです。

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