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瞼の裏を洗う音、声、言葉。Cornelius『夢中夢』

Cornelius
『夢中夢』

 まず、構成に唸る。歌を二曲、インストを一曲。このセットを三つ。そして、最後に歌。
 アルバムタイトルに示唆されている円環が結ばれる。
 小山田圭吾の鼻にかかったチャイルディッシュな声が、丁寧にほどかれ配置された音と隣り合わせにあることで、一瞬、どちらが歌で、どちらがインストなのか、わからなくなる。
 音は、自ら歌っている。鳥がさえずるように。水が流れるように。風がそよぐように。わたしたちの肌を、こゝろを撫でる。生き生きと歌っている。
 声は、抑揚に頼らず、ぷかぷかと宙に浮いている。この世を見わたしているように。隙間を埋め沈黙と沈黙をつなぐように。わたしたちの背中を、瞼の裏を洗う。響き奏でる。
 言葉が、意味に頼らず、微笑んでいる。旋律が、リズムが、感情におもねることなく、旅をしている。
 すべりこむ。穏やかに。曲がる。まとわりつかずに。
 なにが通過点で、なにが終局なのか。なにがゴールで、なにがスタートなのか。なにが点で、なにが線なのか。なにが前で、なにが後ろなのか。わからなくなる。わからないままで不安にさせない、やさしさ、やわらかさ。
 爪弾く声。弾む音。
 夢のまにまに。夢が生まれ、夢が消えていく。
 じっと待っているし、ふんわり見送っている。
 誕生を祝い、逝くものを看取る。たぶん、どちらも同じことなのだ。
 どこまでもポップ。いつまでもアート。
 このアルバムが古くなることはないだろう。ザ・ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』がそうであるように。

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