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『探し物』/ショートショート・掌編小説

 見たところ、パーツの数は数百だった。

 陽が沈まないうちに、なるべく平らな場所へ並べて、ひとつずつじっくりと手入れする。組み立てるときの順番も大切だ。わからなくならないように、足の先から、少しずつ解体して並べた。真鍮製のパーツが陽を受けてゆるやかに光っている。とはいえ、ずっと動きつづけてきたパーツは曇りを帯びて、ところどころに錆びもあった。これを布でこする。

 すこし軋むような音が気になって、なんとなく手入れすることにしたけれど、まだまだ時間がかかりそうだった。けれど、父さんがつくってくれた僕の身体だ。ぴかぴかになるまで磨く。

 おおかたのパーツを、自分で解体してみたのは初めてで、そのパーツは小さなネジやスプリングのきいたバネ、外殻の真鍮板、集積回路から、よくわからない形にねじれた金属片まで、いろいろだった。そのねじくれたパーツも、組み立てのときになると、元の位置にぴったりと納まるから、父さんはすごい。

 父さんは僕に、毎年ひとつずつ、体の奥の透明なケースに入れるパーツをプレゼントしてくれた。僕ははやく完成体になりたかったけれど、父さんはいつも、「ゆっくりでいいんだ」と言っていた。


 けれどそのうち、父さんはだんだんと元気がなくなって、最後に僕に小さな手紙をくれたきり、動かなくなった。理由は分からない。僕は隣で起き上がるのを待っていたけれど、父さんはずっとしずかなままだった。渡された手紙には、残りのパーツのことが書いてあった。

 あとのパーツはそとにかくしてある うちをでて ひとつずつさがしていきなさい きみがゆたかなこころをもつことをのぞむ

 それから僕は、家を出て、残りのパーツを探して歩き続けた。初めて外に出たけれど、他になにをしたらいいか、わからなかったから。僕の足のパーツは特別硬い真鍮製で、ずっと歩いても小さなへこみひとつ付かなかった。たまに布でこすって砂の汚れを落とした。あれからどれほど歩いただろう。父さんの隣を離れてから、もうずいぶんとたった気がした。


 普段はいつも穏やかだった父さんが、一度だけ大きな声を出したことがある。開いた窓からひらひらと入ってきた虫を、僕が電磁レーザーで落としたとき。虫が僕の頭の周りを飛びまわるのがいやだった。


 分解したパーツを磨いて組み立て終わると、もう陽が落ちそうだった。僕は、探していた次のパーツの場所へと急いだ。でこぼこの道をしばらく行くと、大きな木の根元の穴に茶色いコンテナが置いてあった。いつもこのコンテナの中にきれいな布に包まれて、ひとつのパーツと一枚の手紙が入っていた。手紙には、次のパーツの場所が書いてあったり、短い文章が書いてあったりした。布をよけて中をのぞくと、つやつやとしたくぼみのある丸い欠片のようなパーツがあった。

 きみがしあわせをみつけることをねがっている

 僕は手紙を読むと、コンテナからパーツだけを持った。明日、陽の明るいうちにこのパーツをつけることにする。今日のように身体のほとんどを分解しなくても、首の下の奥にある透明なケースを開ければ、このパーツをはめこむ場所がある。ケースの中は立体パズルのようになっていて、向きを調節しながら、小さなパーツをはめるのにはすこし時間がかかる。けれど、それも明日で終わりだ。このパーツが最後のパーツだった。他に空いている場所はもうないから。やっと、完成体になれる。

 けれど、ひとつ気になることがあった。明日このパーツをはめてしまったら、次はなにをすればいいのだろう? 最後のパーツを見つけた僕には、もう探すものがなかった。そのことを考えると、明日が来るのがすこし、こわい気がした。手紙には、初めて、次に向かうべき場所が書かれていなかった。どこへ行けばいいのか、わからない。僕は動かなくなった父さんのことを考えながら、陽が沈むのと一緒に眠った。

 僕の身体の上を歩く、小鳥の足音で目が覚めた。横になったまま、朝の冷えた空気を身体に取り入れる。近ごろは、鳥や虫たちが近くに寄って来るようになった。昨日たくさんのパーツを分解して手入れしたばかりなのに、隙間に砂ぼこりが入らないか心配だ。

 耳元でしゃべる小鳥の声が、ぴかぴかの耳に反響して大きくなる。なんでも、西の方に大きな湖があって、その周りにおいしい食べ物がたくさんあるらしい。空気と光の炉心で動く僕にはまったく必要のないものだけど、父さんが毎日、パンやスープのようなものを食べていたこと思い出した。

 もう探すもののない僕は、鳥たちと一緒に西へ行こうかと思った。湖は涼しそうだったし、最後の手紙に書いてあった、父さんのねがっている「しあわせ」も、そこにあるかもしれなかった。

 僕は、小鳥と虫をつぶさないように、ゆっくりと身体を起こした。



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