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ママの話3【自閉症スペクトラムだったのか〜高校編②】


いじめばかりの高校1年生も終わりを迎えていた。

私は自分をこれ以上偽るのに疲れすぎて
朝は目覚めれば盛大なパニック。
眠いのに起こされて学校に行くよう促されるのも嫌で、
かといって起こされずにギリギリの準備を強いられるのもストレスで、
私も毎日疲弊していたが、母ももうこんな私の対応をするのに限界を感じていたと思う。



「発達の病院に行こうか!?」



私がパニックを起こせば母がそんなことを言った。
でもそれは本心ではなく、
訳が分からないことで暴れ出す私への「なんで普通でいられないんだ?」という当てつけ。
普通でいられないのが嫌なら、
普通に振る舞いなさいという。

母は私が普通ではないということに、
ずっと気がついていたのではないだろうか?
幼稚園の時にお遊戯会でひとりギャン泣きしていたこと。
小学校で習い事の度に先生に苦笑いをされること。
異常な程にひとつの映画にハマっていること。

私が苦しむのと同じように、
母もきっと苦しんだ。
そしてできることなら学校に行きたくない私と、不登校にならないことだけは死守しようとした母との戦いの日々は続いた。



進級目前になると、いじめや仲間はずれは
もう起きなくなり、高2、高3、
新しいメンバーとまた1年を過ごす。
 
高2の時は多少の仲間割れはあったが
高3ではもう受験シーズンまっしぐら。
スクールカーストは崩壊しかけており、ギャルでもオタクでも、誰とでも気が合えば話すような空気ができるようになっていた。


皆が受験に必死な中で 
私はバトルロワイアルがやめられない。

勉強しているふりをして、
部屋で考察本を熟読する。
バトルロワイアルのことを調べると、
一日があっという間に過ぎていった。
寝る時間になりたくない。
眠くなっても夜通しずっと調べていたい。
夜ほど集中できるから、早く寝床に入ってオタク活動を存分にして、
朝は、できることなら起きたくない。

 
もし私が道をあやまり、
なにかとんでもない事件を起こしたりしたとしたら
当時の高校の同級生は
「普通の子に見えたのに、残酷な映画にハマっていて変な子だった。」と口を揃えて言うかもしれない。


母に頼み込んでバトルロワイアルのアナザーストーリーも買ってもらったことがある。
私と同じくハマったファンが書いたオリジナルの漫画作品。
オタクの友達いわく「薄い本」というらしい。

注文してから届くまで1ヶ月ほどだった気がするが、
調べ尽くしたバトル・ロワイアルのアナザーストーリーを観られるのが楽しみすぎて
半年、1年ほどの長さにも感じられた。


ようやく楽しみにしていた「薄い本」が届いた。
私はその冊子が届いた時に
かつてないほどの笑顔を見せたのではないだろうか。


でも残念ながら、思っていたのとは違っており、1回読めば満足だった。


私のオタク本能を刺激したのは紛れもない本編。
そして役者たちやスタッフがひとつの作品にかける命懸けの演技などの舞台裏が観られるメイキングだった。
中川典子を演じる前田亜季が素晴らしい。
藤原竜也が素晴らしい。


1クラスの惨劇を演じる役者たちが、
どんなにすぐに消えるキャラでも
ひとりひとり素晴らしい。


撮影に命をかける深作欣二監督も素晴らしい。
完成した映画よりも
この映画ができ上がるまでにかけた大勢のスタッフひとりひとりのこだわりと過程とその熱意が、
当時の私が求めていたものだった。



国公立大学へ行き、
公務員になることが成功の道だと思っている母に、
「映画の制作スタッフになりたい」とつげたことがある。

「映画のスタッフなんて収入も低いし、ゴミのように扱われる!」
想像通り否定的で、
私のこの悪趣味なオタク活動が早く終わってくれればいいのにと
毎日祈っているようだった。


最終的には
「好きな物があるのはいいこと」と
諦めの一言をもらしていたが。


国公立大学の受験はもちろん最悪な結果だった。
私は地域のエリート高を卒業しながら
どこの高校からでも入れる私立大学に入学し、
その大学を卒業したら
テレビ局で映像の仕事をすることとなった。




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