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ゆっくり、丁寧に

このIoTの時代に、ボタン付けはどうしてこんなにアナログなのだろう。

穴がふさがっているのではと疑いたくなるほど、糸を受けつけてくれない針をにらみつつ、心の中で悪態をつく。

めんどくさいから、いつもは裁縫から逃げ回っている。
この度、ついにボタンのとれた服が3着に達したので、しぶしぶ重い腰をあげた。
こういう細かい作業をする時に、必ず思い出すシーンがある。

小さな時から不器用だった私は、めんどうな細かい作業を父に頼んでいた。
ある日、いつものように私の代わりに作業をしてくれていた父に、私は言った。

「お父さんは器用でいいなぁ」

父は答えた。

「お父さんも不器用だよ。不器用だから、丁寧にやってるんだ。ゆっくり丁寧にやれば、できるよ」

大人になって思い返してみれば、父は確かに器用ではなかった。
だけど、ゆっくり丁寧に、私に愛情を注いでくれた。

一緒にお風呂に入っていた頃、お湯が入らないよう、優しく私の耳をふさいでくれた。
料理ができない代わりに、毎晩家族みんなの食器を洗ってくれた。
眼鏡がくっつくんじゃないかと思うくらい説明書を熟読しながら、家具を組み立ててくれた。
私が宿題の答え合わせをする時、花びらが1枚もつぶれていない、まん丸な満開の花丸をたくさん付けてくれた。

ゆっくり、丁寧に。
自分に言い聞かせながら、ひと針ひと針、ボタンの穴に糸を通す。

きっとこの先ボタン付けをする時も、父を思い出して「ゆっくり、丁寧に」と自分に言い聞かせるんだろうな。
父との対話の時間だと思えば、めんどうな裁縫もそんなに悪くない。

いつの間にか私は、何でもゆっくり丁寧にやる夫と結婚していた。

せっかちな私から見るに、夫は何をやるにも時間がかかる。
あまりの遅さにふっと笑ってしまって、自分の全身に力が入っていたことに気づく。
書類など、サッと書くけど間違いだらけの私より、じっくり時間をかけて仕上げた夫の方が結果的に速いことも多い。

そういえば、家庭科の授業でも、私はクラスで1番速く課題を終わらせるために、ミシンのフットコントローラーを下まで全部踏んで、爆速で縫っていた。
父と夫が見たら卒倒しそうだ。

神様がせっかちな私を心配して夫と結婚させてくれたのか。
私の本能が夫の丁寧さを欲したのか。
なかなか理想的なパートナーだと思う。

夫と結婚して、1年が経った。

お父さん、私の夫は不器用な私を優しくフォローしてくれる、お父さんみたいな人だよ。

せっかちで失敗の多い私だけど、夫婦の絆だけは、ゆっくりと丁寧に育てていきたいと思っているよ。

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