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自慢のマスク

「今日はあいちさんに渡したいものがあるんだ」

ある日、クライアントのオフィスに呼ばれて行った。
会議室のドアを開けると、スーツ姿のクライアントが3人並んで座っていた。

「はい。開けてみて」

差し出された袋を開けると、マスクが出てきた。
フサフサの毛がついたブラックタイガーのマスクである。

わたしはかれこれ10年近く新日本プロレスの大ファン。そのうち3年くらいは、北は北海道、南は台湾まで、新日本プロレスを追いかけて行脚していた、筋金入りのオタクだ。プロレス好きなクライアントと話が弾んで、とても可愛がっていただいた。

「うれしいです!いつか自分のマスク欲しいなと思ってたんです!」
「喜んでくれてよかった!ささ、被ってみて」


その場でマスクを被って、なぜか4人で記念撮影をした。
その日は本当にそれだけのために呼ばれたらしく、いただいたマスクをビジネスバッグに秘めて、電車に揺られて会社に戻った。

マスクをプレゼントされてしばらくして、わたしはそのクライアントの担当を、新入社員に引き継ぐことになった。
さらにその後、そのクライアントは出世して雲の上の人になり、わたしたちと接する機会がなくなってしまった。

あぁ、なのに、人生って素敵だ。

プロレスの神様の導きなのか、とあるプロジェクトで、もういちど一緒に仕事ができることになったのだ。
クライアントはわたしを指名してくれた。

あれから3年、マスクは会社のデスクの引き出しに大事にしまってあった。
昨日ひさしぶりに会社に出社する用事があって、そのマスクを自宅に持って帰ってきた。

引退後にもういちどリングにあがることを決意したプロレスラーかのように、自宅で1人、マスクを被る。
クライアントとのキックオフ会議では、きっとプロレスのことが話にのぼるだろう。
マスクを被るチャンスはあるだろうか。

可愛がってくれたお客さんの、懐かしい笑顔が目に浮かぶ。


著者近影▼

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