優しさのリレー
夫と熱海に花火を観に行った。
付き合いはじめてすぐコロナ禍を迎えた私たちは、一緒に花火を観たことがなかった。今年こそは一緒に観たいと意気込んで出かけた。
ところが、開始1時間前に大雨になった。雨の予報ではなかったのに。仕方なく、私が持っていた晴雨兼用の折りたたみ傘を2人でさしたが、雨は強くなるばかり。夫はもう1本の傘を求めてコンビニに向かった。
夫を待っていると、後ろから声が聞こえた。
「僕たちも1本しか傘がないから狭いんですけど、よかったら一緒に入りませんか?」――カップルが、1人ぼっちの浴衣の女の子に話しかけていた。
素敵なカップルだな、こういう優しさの形があるのか、と私は思って、私も困っている人を見かけたら同じようにしようと決めた。
雨はどんどんひどくなって、バケツをひっくり返したような土砂降りになった。ふと、浴衣の女の子が目に入った。頭にTシャツをかけて、なんとか雨をしのごうとしていたけれど、そのTシャツまでずぶ濡れだった。
「お姉さん、お姉さん、よかったら一緒に傘に入りますか?」と私が声をかけると、「いいんですか、ありがとうございます。でもお姉さんが濡れちゃう…」と遠慮がちに入ってきた。「大丈夫、大丈夫」と答えた。
傘の下で話はじめてすぐに、カタコトの日本語だと気付いた。
中国からの留学生で、2ヶ月前に日本に来たばかりだという。
「初めての花火なのにこんなに大きい雨って知らなかった。悲しいです。でもお姉さんが優しいのでうれしいです」と言って、自分のことや中国のことを色々と話してくれた。
「万里の長城は木がなくて涼む場所がないから、夏は絶対に行かない方がいい」とか、「万里の長城は見るだけにした方がいい、歩くと疲れるから」というお役立ち情報を教えてくれた。
カタコトでも、話の文脈は意外と理解できる。女の子が本当に話したかった内容と、私が受け取った内容が、一致しているかは分からないけれど。私がオンライン英会話をしている時、英語の先生はこんな気持ちなのかなぁとぼんやり思った。
ようやく雨がやんで、夫がコンビニから帰ってきた。
コンビニは長蛇の列で、傘は買えなかったという。
女の子は一旦自分の席に帰ってから、小さな紙袋を持って戻ってきた。
中には熱海プリンが入っていた。その気持ちがうれしかった。
女の子は「お姉さん優しいです」と繰り返し言ってくれたけれど、私は優しいカップルの真似をしただけだ。
私たちはみんな、人がうれしそうにしている様子を見たり、自分がされてうれしかったことを経験したりして、人を思いやる方法を学び、実践する。
それはリレーに似ているな、と思う。
人から思いやりのバトンを受け取って、また人に渡す。人の数だけ思いやりの形があるから、学びに終わりはなく、だから人生を通じてリレーは続く。私はバトンをつなぐ走者の1人でありたい。
雨上がりの空に、花火が打ち上がった。
夫と初めて一緒に観た花火は、とても美しかった。