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娘が大学を辞めて進んだ道

娘が
「大学を辞めてデザインを勉強したい」
そう言われて2年
今月卒業を迎えられました

コロナ禍での大学生活
サークルに入って衣装のデザインをしたり…
でも大会に向けて練習ができない
大会があるかも分からない
たくさんの規制がある中
「今自分ができることを」を
探して動いてだめになってまた探す
そんな生活

そう…でも娘が大学を辞めた翌年
娘たちがデザインした衣装をきて
踊ってくれてるサークルの子を見た時は
「娘が頑張ってたこと形になったなぁ」って
涙が出た

晴れて入学した学校生活は
水を得た魚ってこう言うこというんだな
2年間本当に楽しく見えた
課題が大量の時も
「もう大変っ」と言いながら
好きなことを学ぶのは楽しそう
そして制作したものを見せてくれるのも
私の楽しみだった

そして良き相談相手
今シーズンの牡蠣のポストカード
実は裏の文の配置は娘に事細かに
言われて完成したもの
私のただ文を書いただけのとは大違い笑
こんなに違うんだ

そして学校の卒業展示
娘はあいば漁業をリブランディングしてくれた
何より卒展にあいば漁業を選んで
くれたことが嬉しくて
そばで最初から
ずーっと見てきたあいば漁業が
変わっていくところ
そこで出会えた人たちは娘たちにも
とっても影響を与えてくれたと思う

娘撮影の牡蠣
いつか飾って販売したいな
パンフレット


迎えた卒業式
袴の着付けを一緒に行って
娘に穴が開くほど見た


「いつも幸せをくれてありがとう」
思わず出た言葉
子供は3歳までに親孝行が終わると言うけれど
もうずーっと親孝行してもらってる

娘は「こちらこそありがとう」って

私は娘が3歳までほぼ一緒に住んでいなくて
久しぶりに
家に帰ってきて張り切って作った離乳食は
食べてくれなくて…泣いたな(娘にしたら
食べなれない味だから仕方ない笑)

だけど離れてた分「大好きだよー」って
言い続けた

旦那と私の思ってたこと
生まれた時も今も変わらない
「幸せだなぁ」って思って過ごせる
子になりますように


最後まで読んでくれて
ありがとうございます







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