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1曲の2枚:モーツァルト、オーボエ協奏曲ハ長調K.314(ポディヨモフ、レフラー)

モーツァルト:オーボエ協奏曲ハ長調 K.314

(1)イワン・ポディヨモフ(オーボエ)
マキシム・エメリャニチェフ指揮イル・ポモ・ドーロ
録音時期:2023年2月9-11日
Aparte, AP328

(2)クセニア・レフラー(オーボエ)
ベルンハルト・フォルク(コンサートマスター)
ベルリン古楽アカデミー
録音時期:2022年9月27-29日
Pentatone, PTC5187059

 モーツァルトのオーボエ協奏曲ハ長調をピリオド楽器で演奏した録音というのは、いつ頃からあるのでしょう。私の手許にあるものでは、1984年録音のミシェル・ピゲ独奏、ホグウッド指揮アカデミー・オヴ・エンシエント・ミュージックと、1985年録音のヘルムート・フッケ独奏、コレギウム・アウレウムのふたつが、もっとも古い録音のようです。(フッケのものはもっと古いのかと思っていました。)以来、時代ごとに当時のピリオド楽器の第一人者が次々と録音に挑戦してきましたが、そもそもモダン楽器ですらコントロールの難しいオーボエですから、技術的にも、音楽としても満足のいく演奏というのにはなかなか出会えなかった。音程がふらついたり、指が回りきっていなかったり、あるいは技術的な課題を克服するのに汲々として中身がついて来なかったり、という録音があったのも確かです。それでも最近はピリオド・オーボエの演奏水準も格段に向上していて、今世紀に入ってからの録音ではそうした不満もずいぶん解消されてきています。そのなかで、奇しくも最近相次いでリリースされた2点は、過去の数多の録音の上を行く出来映えで楽しませてくれます。
 最近話題のエメリャニチェフが指揮するイル・ポモ・ドーロを従えるのは、かのアレクセイ・オグリンチュクと共にコンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者を務めるイワン・ポディヨモフ。彼のオーボエは、ちょっと聴いただけではもはやピリオド楽器を用いているとは思えないのではないでしょうか。速いパッセージでのアーティキュレーションが実に安定していて、音がちっともふらつかない。音色自体も過度に痩せていたり、逆に原色がきつかったりすることなく、それでいて余計なものを削ぎ落とした音色感が全体を支配していて、そのことがピリオド楽器であることを思い出させてくれます。演奏自体も非常に端正で、吹き崩しの少ない、安心して聴ける仕上がりを聴かせます。カデンツァも含めて、ピリオド楽器によってこの作品のトラッドなスタイルを追求した演奏と言えるでしょう。
 クセニア・レフラーは、私が最近注目しているピリオド楽器奏者のひとりです。この人は「ヴェネツィア:黄金時代」と題してヴィヴァルディやマルチェロなどの協奏曲を収めたアルバムやカール・フィリップ・エマヌエル・バッハの協奏曲集などを仏ハルモニア・ムンディから出していて、そこでの「天馬空を行く」という表現があてはまりそうなひらめきぶりに魅せられてしまいました。この人は技術的に優れているだけでなく、いわゆる天才肌の演奏家で、ちょっとしたひとくさりの歌い回しや間のとり方などに抜群のセンスを感じさせてくれます。このモーツァルトも、所属するベルリン古楽アカデミーの、いくぶんこぢんまりとした、それでいて強弱の対比に切れ味のある合奏を背景に、速い箇所から遅い箇所まで、力を入れるところ、抜くところを巧みに織り交ぜつつ自在に歌いまくるのがすばらしい。ポディヨモフと比べるとプルンとした発音があちこちにあって、ピリオド楽器らしさを振りまいていますが、それもかえって演奏の魅力を増しているように思います。さらにカデンツァも、安定型のポディモヨフに対してかなり攻めたものとなっていて(特にフィナーレのそれにはちょっとしたサプライズが仕掛けられています)、面白い聴きものとなりました。
 この原稿をお読みになり、アルバムをお聴きになった方々は、どちらがお気に召したでしょうか?

(本文1429字)

Mozart, Podyomov
Mozart, Löffler

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