私の転機について

【転機】
他の状態に転じるきっかけ。「人生の転機」「一つの転機を迎える」

これは意味としては正しいのだろうけど、私の中の感覚の言葉としてはそんなにしっくり来ない。外発的な大きなイベントというニュアンスが強い気がする。

私が「転機」をもっと自分言葉で定義づけるなら、価値観がアップデートされた瞬間だ。

てなわけで、なんとなーく自分の転機を振り返ってみようかなと思う。

イベントは普遍的なものではない。この記事で記す私の転機は大したことではないが、変わった価値観のほうがよっぽど普遍的だし重要だ。


「人の真似をしても意味がない」

とても仲がよかった一個上の友達がいた。彼女は大学生になって(元々興味のあった)ダンス部に入ったらしく、会うたびに「超楽しい」と言っていた。

今までちゃんとした部活に入ったことがなかったので、「青春」みたいなものに対する憧れがあった。小学生から続けていたインラインスケートは大学に入ったらやめようと思っていたので、これを機に新しいことを始めてみるのもいいかと思った。
そう思っているところ、新歓で熱心に口説かれたのでハンドボール部に入った。

……大学の部活がガチだなんて知らなかった。

運動神経がいいわけでも体力があるわけでもない私にとっては、筋トレも走り込みも苦でしかなかった。
これを4年間かーと思ったときに、部活よりやりたいことがたくさんあると思ってしまった。端的に言うと、いろんなところに旅行に行ったり遊んだりしている友達が超羨ましかった。
そんなこんなで私は半年で部活をやめた。

気づいたのは、私はそれほどハンドボールが好きなわけではなかったなという単純なこと。私は外側だけを見て真似をしていただけだった。

とはいえ、そのときの同期とは未だに交流があるので、入ったこと自体は後悔していない。
倒れるほど運動をする経験は初めてだったし、私には体育会系が向いていないということがよーーーくわかった。

あ、でもハンドボールはまじで格好いい。スコーンってゴールに入るのが気持ちいい。速攻とか(やってる方は死ぬけど)スター感すごい。


「人生ってどうにでもなる」

(前述の)友達がダンスの本場に行きたいからということで、休学をしてトロントにワーホリに行った。

私は元々「日本サイコー!外国に行かなくても不足はないので行く意味ないかな!」と思っていたので、海外に行く気はなかった。でも、「遊びに行くから」の言葉を社交辞令にしたくなかったので、せっかくだと思ってパスポートを取ってトロントに行くことにした。

結局その子は仕事とダンスの練習で忙しく、一緒に過ごしたのは2日程度だった。で、「地元のツアーがあるからそれに行けばいいんじゃない?観光名所巡れるし」と言われて1人で現地ツアーに行った。英語に強いわけでもないので、ツアーでは集合時刻を聞き取るのに必死だった思い出。

そのときに、たまたまツアーに参加していた日本人と話す機会があった。三年ほど勤めた後、仕事をやめてワーホリに来ていたらしく、そのときにワーホリは30歳までなら行けるという話を聞いた。
自分自身はワーホリには興味がなかったものの、「あ、そういう選択肢ってあるんだ」と目から鱗が落ちた。当時は教育実習を控えていて、「ここで、果たして自分が教師に向いているのかどうか決めるんだ……!」という気持ちだったので、「キャリアチェンジという選択肢」を意識したのはこのときだった。
(なお、このとき話した人とはそれ以上特段仲良くはならなかった。そういうとこだぞ)

このとき、人生を操縦するのは自分で、方向転換しようと思ったときに舵を切るのは自分なのだと強く感じた。同時に、舵さえ切れば大体のことはどうにかなるんだろうな、とも。
ちなみに、その当時はいろんな意味でアホで天狗だったので、教採はどうせ受かるだろうと思っていたし、「教師としては三年くらい働いて、それ以降どうするか決めよう」とか考えていた。


「世の中の人は案外自分に自信がない」

私は小学生・中学生の頃の学校の友達との付き合いが卒業後はほとんどないので、かなり偏った交友関係の中で過ごしてきた。そこそこ田舎の自称進学校だとか国立大学の友達なので、まあ蛙だったし、それなりに社会的にも精神的にも安定した人が多かったように感じる。

でも、山梨に出たときに、「なんでこの人は私より仕事ができて能力があるのに、こんなに自分に自信がなくてこじらせてんだ?」と思ったことがあった。いろいろ聞いた結果、理解も納得もしたけど共感はできなかった。

東京に来たときもそういうことを感じたので、「もしかして私は世間一般より自分のことを好きなのかもしれない」と思った。自分が自己肯定感が強めな自覚はあったけど、そこまで特段だとは思っていなかった。
これは私自身の性格の特徴だと自覚した。そして、人に迷惑をかけない限りは長所と呼べると認識した。

同時に、「こういう人が自分に自信を持てるようになるためにはどうすればいいんだろう?」と思った。この考えは今も私の行動の深いところにあると思う。


「よいものをプッシュすることは悪ではない」

私の価値観には「よいものは相応に認められるべきだ」というものがある。これ自体は決して悪いことではないと思っている。

私は過去にハンドメイド系にハマっていた時期があったけど、売るという考えは皆無だった。売れるレベルだとも思っていなかったし、趣味を商売にすることに対して無意識に忌避感を抱いていた。
ビジネス視点が弱いという自覚はここにある。営業なんて絶対にできないと思っているし、自己アピールも苦手だ。気が引けてしまう。

この意識は、RUNTEQに入ってから変わったように思える。RUNTEQの運営陣がどうすればもっと伸びるのか試行錯誤している姿を間近で見られたことはとても貴重な体験だった。
どれだけよいものであっても届かなければ意味がないし、それを届けようとする試みは決して押し売りではない。むしろ、「誰かが見つけてくれるはず」という感情こそが甘えなのだと知った。

とはいえ、やっぱり自分の感情は中々思うように行かないので、自分があまり納得していないやり方は苦手だ。本当は泥臭く手段を選ばずにできたらいいんだろうけど。
でも、自分が客観的にどう見られているのか、どう振る舞うと誰にどのように作用するのかといったことを考えるのはわりと好きかもしれないと思った。


「過去の自分は当てにならない」

私は多分人に影響されやすい質なんだけど、相手の指向性に従うというよりは、自分で勝手に解釈して勝手に影響を受ける傾向がある気がする。

以前の私はこんなことは絶対しないと思っていた。

・外国に行くこと
・東京で暮らすこと
・好きを仕事にすること(ニュアンス伝われ)

自分が思っていた「絶対」がことごとく裏切られているので、なんというか、諦めた。
正確には、絶対と言いつつも、機会があったら「おもしろそう」とか「いい経験になりそうだし」という判断を下す自分に気が付いたというか。

そして、その「機」っていうものは案外どこにでも転がっているんだなというのは、最近思い至ったことだ。
なので、きっと10年後の自分は今の私が想像だにしていないことをしているんじゃないかな。


私は未来の自分に対する信用は一切していないけど、そのときの自分にとって最善の(自分に嘘をつかない)選択をする信用だけはしている。だから、あまり人生の心配はしていない。

まあでも一応計画は立てておこうな。

(以上、半年以上前に書いていた下書きでした。完遂できて満足)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?