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あいさつはとっても大事

パリのおしっこおじさん編

まだ通貨がフランだった90年代半ばのフランスでの話。ボルドーの美術学校の学生で毎日が楽しく、ようやく酒場のフランス語にも慣れてきた頃だった。

学校が休みになると美術館巡りを口実にちょくちょくとパリに遊びに来ていた。良く泊めてもらったのはパリ出身のクラスメイト、ロゼンヌの実家だった。彼女とは不思議と気が合い、今でもよく一緒に何のあてもなく散歩をする腐れ縁の仲間である。当時、まだ少し残っていたパリの下町に頻繁に連れ出してくれたのも彼女だった。

ある日、時間を持てあましたロゼンヌと私は、彼女の幼馴染シリルを誘って飲みに行こうということになった。携帯電話もない時代だから家にいるかどうか分からないけれど、彼の家の下まで行って電話ボックスから電話して呼び出そうという算段だった。

彼が住むのは9区のサン・ジョルジュに近いプラス・ギュスターヴ・トゥドゥズ。三角形定規のような形の小さな広場には木が4-5本植えられていて、そのまわりをレストランがぐるりと連なる。確か小さなフォンテンヌもあった気がする。シリルの小さな屋根裏部屋のアパルトマンは、レストランとレストランの間のドアをあけて細い廊下を抜け、最上階まで歪んだ階段を登りきってようやく到着する。もちろんエレベーターなんか無い。電話をかけてみると、出る準備に20分ぐらいかかるというので階段を登るのも億劫だし、広場にあるベンチで待つことにした。

夏だったから日がながく、アペリティフの時間だというのにまだ明るい。ロゼンヌと特に何の会話をすることもなくボケーっとしていると、ジャン・ロシュフォール似の老紳士があっちの方から私たちの方へ向かって悠々と歩いてきた。ちょっと長めの白髪で、同じ色の口髭もはえている品の良さそうなパリジャンである。

エレガントにゆっくりゆっくりと歩き、私たちの前を通り過ぎ、そのままどこへ行くのかなぁと思いきや、くるっと身体を回れ右させて、ぴったりとそこにあった木に向かって、おもむろに立ちションベンをし始めた。

これまたジャン・ロシュフォールのような、柔らかいキラキラとした眼差しで、顔だけを私たちに向けて「ボンジュールメドュモワゼル」と挨拶したのだった。「メドゥモアゼル」とは「マドゥモワゼル」の複数形である。

挨拶されたら仕方がない、こちらも声を揃えて「ボンジュール」とこたえた。如何なるシチュエーションでも挨拶を一番に大事にする国だと、つくづくと感じたのだった。

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アーティスト。1973年、東京都生まれ。1993年渡仏。フランスと日本を拠点に創作活動と作品発表を行なっている。「考現学的視点」で暮らしや風俗を観察し、今を生きる人々の物語を、鉛筆や水彩で描く。代表作に女性のパンティを調査し描いた学問的アート『パンティオロジー』がある。
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