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第7話 宮前先輩と、特別な人

翌日の朝、目が覚めたら、何か温かくて柔らかいものに包まれていた。
夏なのにその温かさに嫌悪感はなくて、むしろずっとこの温もりに包まれていたいと思い、私を包んでいる柔らかいものに頬ずりする。 
「んぅ…」

まだ瞼を開きたくなくて、ずっとずっとこのままでいたくて。
しばらくの間頬ずりしていると、寝ぼけながらも段々と頭が覚醒してくる。それと同時に、五感もだんだんと鮮明になり、視界がはっきりしてくると同時に嗅覚も鮮明になってきた。

あれ…、ここ、どこだっけ。

昨日は先輩の家に泊まって、いま先輩の匂いがしていて、私はいま一緒に寝ていて――。
途端、後頭部に誰かの手があてがわれ、髪の毛がゆっくりと梳かれる。
あ。
――思い出した。

おそるおそる顔を上げてみると、優しい眼差しで私を見つめる宮前先輩の顔があった。
こんなに至近距離で目が合うということは。
――私が頬ずりしていたのは、……先輩の胸だ!

「ごごご、ごめんなさい!」

慌てて離れると、「え、何で、可愛かったよ。自分からすり寄ってきて、ちいさい子どもみたいで」なんて言われて、穴が合ったら入りたいとはまさにこのタイミングで使うんだろう。

先輩の腕のなかで目覚められたのは凄く嬉しいけれど、凄く恥ずかしくて申し訳ない気持ちになる。
「本当に失礼しました…」
気にしなくていいのに、と笑う先輩の声は終始落ち着いていて、耳に心地良い。
恥ずかしかったけれど、最高だなと思った。

それが、日曜日の朝のことだ。



月曜日、葵ちゃんからメッセージで「宮前と何かあった?何かにつけて1年の教室に行こうとそわそわして気持ち悪くてさぁ」とあり、首を傾げる。
正直、心当たりはない。何か約束しているわけでもなかったと思う。
それにしても、相変わらず葵ちゃんは宮前先輩に対して厳しいな。

「結~、ご飯食べよう」
「あ、ごめん。今日買い弁だから、売店行く。先食べてて」
「あ、そうなの?一緒行こうか?」
いいー、すぐ戻るからー、と友達に告げて教室を出る。

何を買おうかと考えながら売店まで歩いていると、後ろから「結ちゃん!」と私を呼ぶ声がした。立ち止まって振り返ると、宮前先輩と葵ちゃんが歩いて来るところだった。
「あ、宮前先輩と葵ちゃん。お疲れ様です」
「お疲れ様、結ちゃんも売店行くの?」
「ええ、そうです。今日はお母さんが寝坊したとかで」

そう言って話していると、私に追いついた宮前先輩が私と葵ちゃんの間に来るようにすっと立ち位置を変える。
ちいさな違和感に葵ちゃんの方を見ると、目だけで「やっぱ何かあった?」と聞かれたので「ううん、わかんない」と目で返す。

「…ふたりとも、何で見つめ合ってるの」
先輩の顔が少し曇って不安そうだったので、慌てて「なんでもないです」と誤魔化した。
「…ならいいけど」
「やっぱ宮前、今日おかし…あ、田辺じゃん」

葵ちゃんの目線の方を向くと、この間先輩と一緒にいた男子が売店の袋をぶら下げて歩いてくるところだった。
あの人が、たぶん、先輩の好きな人なんだろうなぁ。
そう思うと、胸の奥が冷たくなって、逃げだしたくなる。
そうこうしている間に、向こうもこちらに気づいて立ち止まる。

「あ、田辺ー。結ちゃんにも紹介するね。委員会が一緒の田辺」
「お前、紹介それだけかよ!」
「いや、それ以外紹介することないわ」

宮前先輩がそう言うと田辺さんが先輩を小突き、ふたりで笑い合っている。
美男美女。そんな言葉がぴったりなふたりだ。
仲が良いんだな。
その光景を見るだけで胸の奥がずきずきと痛くなってきた。
だから、次の瞬間の先輩の行動に、対応が遅れてしまった。

「あ、そうそう。紹介するね」
そう言って、先輩が私を引き寄せ、後ろから抱え込む。
「この子が結ちゃん」
「おー、葵の妹の」
「違う違う、幼馴染。あと、宮前、結が固まってる」

突然のスキンシップに頭の処理が追い付いていかなくて、ぎこちない笑みをみんなに見せることになってしまった。
葵ちゃんは、一瞬伺うようなそぶりを見せたけれど、次の瞬間には何事もなかったかのように田辺君と話し出す。

いま一瞬顔に「ま、いっか」って文字が浮かんだの忘れないからな。
葵ちゃんは過保護なところもあるけど、大丈夫そうだと判断したらとことん放置する。
宮前先輩は私に後ろから抱き着いたままずっとにこにこしている。

え、私、ずっとこの体勢のままでいるの。
周りの視線が恥ずかしい。
売店にも行かなきゃなのに…。

「あ、そうだ田辺、最近どうなのあの人とは」
「ああ、んー、進展はないな…」
急に恥ずかしそうに歯切れ悪く答える田辺先輩の顔と宮前先輩の顔を見比べる。
葵ちゃんが田辺君に問いかけるようにして、目配せすると、「いいよ」と返事が返ってきた。

「あー、たぶん結なら大丈夫だと思うから言うんだけど、こいつ、今好きな人がいて」
え、それって先輩と両想いってことかな。それとも別の人?
「それが…、他校に通っている男友達なんだって」

まさか、そんな。
「ええぇっ!!それ、本当ですか!?」
それは、リアルBLじゃないか。もっと詳しく聞きたい。
思わず宮前先輩の腕を振りほどき、田辺さんの手を取り迫る。
あっ、急すぎたかな、まぁいいや。

田辺さんは私の勢いに気圧されてか、「う、うん、そう…だよ」と若干頬を赤らめている。あ、赤くなると可愛いかも。
「どんな方ですか?いつから気になり出したのでしょうか?きっかけは?」そう聞きながらどんどん迫っていく。

かっこいい男子って、照れると可愛いんだな。

なんて考えていたから、思わず「照れた顔、可愛いですね…」と零すと、後ろからぐいっ、と身体ごと引っ張られてバランスを崩した。
気が付くと、また宮前先輩に抱きかかえられている。
先ほどよりもキツく抱きしめられて、心なしか怒っているようにもみえる。

ああ、そっか、今日初めて出会ったばっかりの田辺先輩に対して失礼だった。謝ろう。
そう思って田辺先輩をじっと見つめ、「急にすみませんでした」と頭を下げる。

あ、そうしたら宮前先輩はこの人に片想い中なのかな。
依然として先輩は私を強く抱きしめている。
そろそろ売店に行きたいんだけれど…。怒らせちゃったかな。

「ううん、いいよ。面白いやつだな。えっと、ごめん、さっきもちらっと名前呼ばれてたとは思うんだけど」
田辺先輩の言葉を受けて葵ちゃんが「ああ、この子の名前は…」と話し出すのを、宮前先輩が遮った。
「この子は、藤崎結。――私の特別な子」

「…えっ!?うえぇぇ!?」
思いもよらぬ先輩の発言に、心臓がどくんと跳ねる。
「…あんた達ふたり、付き合い始めたの?」

きょとんとした顔で聞いて来る葵ちゃんに「全然そんなんじゃないから!」と怒鳴り返す。

「もー!宮前先輩も、変な事言わないでくださいよ!勘違いされちゃうじゃないですか!」
「えっ…」

好きな人、いるくせに。

それじゃあ私は売店行くんで、とことわって走り出す。
後ろから葵ちゃんの「手ごわいわね…」って声が聞こえた気がしたけれど、先輩が「結ちゃんっ!」と、私の名前を呼ぶ声でよく聞き取れなかった。

本当は嬉しい。
先輩に「特別だ」って言ってもらえて。
いまだって、本当は走りながら顔が少しにやけてる。
でも、素直に喜ぶだけで終われないのはどうしてだろう。

先輩に対する気持ちの答えは、もうほとんど出ているんだけど、もうちょっと見ない振りをしておきたい。

そう思いながら、私は長く続く廊下を走り続けた。

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取り敢えず、一旦このお話はここで一区切りです✨
いずれこの先を思いついたら書くやもしれません。

このほかにもどんどん書いていきたいなと思っているので、もしも嗜好が合いそうだなと思ったら、読んでいただけると飛び上がるほど喜びます。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

百合が大好きなちりちりより。(。・ _ ・。 )

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