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記憶に残るのは特別なことなんかじゃない

令和元年5月1日。
私たち夫婦は入籍をした。
それまでずるずると付き合って、気が付いたら約6年の歳月が流れていた。
当人たちは籍にこだわっていなかったのだがお互いの両親はもちろん気にかけていたようで、"令和に変わる"という一大事は入籍を促すには絶好のチャンスだったのだ。

あれよあれよという間に手続きが進み、無事令和元日に婚姻届けを提出した。
あれから1年がたち、夫婦は何も変わらず毎日仲良く暮らしている。

1回目の結婚記念日、―私は危うく忘れかけていたのだが― 一応お祝いでもしとくかということになり、夕食を少し豪華にすることに決めた。
ただ世の中は、コロナ禍真っただ中。
入籍した1年後にこんな状況になっているなんて、世の中本当に何が起こるか分からないものだ。
ちょっとおしゃれなフレンチに行きたいところだったが、自粛期間中のためお寿司をテイクアウトすることにした。

我が家から自転車で行ける範囲にくら寿司の店舗がある。
あそこなら安くてそこそこおいしいお寿司が食べれると思い、アプリで予約を入れた。
受け取りは45分後。
お店は家から自転車で20分くらいかかる。
2人してのそのそと着替え、ともに玄関を出る。
我が家には自転車がないので、徒歩1分くらいのところにあるレンタサイクルのポートで2台借りて向かおうと決めていた。
しかしあいにく1台も残っておらず、そこからさらに5~6分程歩いた別のポートでなんとか借りられた。

夫とともに、自転車で住宅街を颯爽と駆け抜けていく。
レンタサイクルは電動アシスト機能が付いていて、余計に身も心も軽やかだ。
2人で自転車に乗っているのはなんだか不思議な気分になる。
並んで歩くのとは別の感覚で、なんというかウキウキするのだ。
真横に並んで走っているわけではないので会話はほとんどできないが、確実に私の後ろに付いてきている安心感とこのまま2人でどこにでも行けそうなふわふわとした自由な気持ちになる。

そういえば一緒にいろんなところに旅行した。
尾瀬のどこまでも続く木道や函館山の頂上から見た夜景、尾道の坂と内海。
そうだ、尾道ラーメンを食べるのに4時間並んだんだった。

懐かしい思い出と一緒に、自転車は前へ前へと進んで行く。
ああ、きっと2人とも何も変わらず年を取るんだろうなと思った。
何も変わらないでいたい。
でも同時に変わってしまうことを恐れた。

目的の店に着き、スムーズに受け取りを完了した。
テイクアウトの容器は予想通り自転車のかごには入らない。
あーでもないこーでもないとお店の駐車場で押し問答した結果、私の自転車のかごに水平に乗せ上着で落ちないように固定するスタイルで決着が付いた。

帰りも同じ道を引き返す。
お寿司が落ちないように慎重に運転する。
後ろから夫が「ゆっくりでいいよ」と声をかけてくれた。
私は思わず笑った。
いい大人がお寿司を落とすまいと必死に協力し合っている状況に。
信号で止まったときに「無事かどうか見てみる?」と私が聞くと、
夫は「帰ってからお手並み拝見だよ」と答える。
ただの買い物なのになんだか特別な遊びのようにドキドキした。

家に到着すると、お寿司はほぼ無傷だった。
味は普通だったのに、きっと5年後も10年後も覚えていられる特別な結婚記念日になった。

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