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彼女の闘いはいつ終わるのか 〜映画『ナディアの誓い ー On Her Shoulders』 review③〜

ノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラドを追ったドキュメンタリー映画『ナディアの誓い ー On Her Shoulders』が2019年2月1日よりアップリンク吉祥寺ほかで公開になる。配給元・ユナイテッドピープルに以前勤めていた縁で、一足早く試写で鑑賞してきた。

想像していた以上にいろんな切り口から感じることが多かったため、noteで3回に分けて書きたいと思う。(*ただし、ネタバレな内容も含まれると思うので、事前情報を得たくない人は、鑑賞後にお読みください。)

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試写会場に近づく道のりで、足の力が抜けていき、呼吸が浅くなっていくのが自分でわかった。周囲はオフィス街。黒いスーツに身を包んだ男性たちへの吐き気に近い感情が沸き起こってきて、顔を見たら睨みつけてしまいそうで、目を伏せて会場へ急いだ。

性奴隷のサバイバーであるナディア・ムラドのドキュメンタリーと聞いて、きっと性暴力に関することが描かれていると思い、そのことに頭を巡らせていたら、フラッシュバックのような症状が久しぶりに起きた。

私はこれまで軟禁状態レイプ未遂と痴漢に遭ったことがある。幸い身体的被害は受けずに済んだが、それでもしばらくは、体に触れられそうになると震えが止まらなかったり、満員電車で血の気が引いて真っ青になったり、打ち合わせ先の会議室に男性と二人でいると冷や汗が出たり、逃げ先だった温泉が苦手になったり…。自分で意識しないで起きる症状がいろいろあった。その体験談も公にカミングアウトし、言語化を重ねることで、自分の中で「処理」できていった。…少なくともそう思っていた。だから久しぶりに起きた自分の異変に自分で驚いた。

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一度負った心の傷は「なかったこと」にはならない。

そのことを自分自身で感じながら観始めた本作。想像と違い、性暴力について直接的に触れている部分はほとんどない。ただ「心の傷」について考えさせられるシーンは随所に散りばめられている。

ヤジディ教徒の権利を求めるデモでは、フラッシュバックが起きたのか、女性が泣き叫びながら倒れる。難民キャンプで暮らす幼い男の子が、ナディアを前にギターとともに奏でた曲は、悲しみと絶望に満ちた歌詞だった。ナディアの長い髪が"ある想い"を意味していることも映画の途中で明かされる。

(c)RYOT Films

もうひとつ気になったのは、ナディアが周りの人から「あなたは泣かないで」と言われるいくつかのシーン。希望の象徴であるナディアが泣いてしまったら、みんなが不安になり泣いてしまう。だから彼女は涙を拭い、口をへの字に食いしばる。

そして難民キャンプの女性たちと接する時には、凛とした眼差しで、涙を流す女性たちに「泣かないで」と諭す。

でも栓をした涙の蛇口も、カーテンを閉めた悲しみの窓も、「なくなる」わけではない。抑えつけた感情や覆い隠そうとする傷口は、いつ癒されるのだろう。それは、ISISが立ち去っても一緒に消え去りはしない。そして、喪われた多くの命も、かつて存在していた愛おしいコミュニティも、のびのびと過ごせたかもしれない青春の時間も、取り戻すことは決してできない。

(c)RYOT Films

ナディアは一体どこまでを目指して、この先闘い続けるのだろう。他人(ヒト)の痛みと、自分の痛みと、どこまで抱え続けるのだろう…。

映画をこれから観る方には、かならずエンドロールの冒頭部分までは観て欲しい。そこに、これから長く続く闘いの片鱗が、小さいようで大きく映しだされているから…。

2019年2月1日(金)アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー

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