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リジッド。

 リジッドと謂うのは、デニム界に於いては生地をそのまま縫製し、製品化したものを指す。つまり、ジーパンについて云えば、糊のついた生地をズボンの型に切って縫って製品化したもので、はっきり云って、ウオッシュ加工したものに比べれば手数もナニも、安価に作られる筈のものである。
 本来なら、ジーパンはリジッドばかりであるべきだと思う。何故ならば、その方がコストが安いからだ。それなのにリジッド、生デニムは高価である。ユニクロのストレッチデニムを基準にすると、馬鹿かと思うほど高い。定番であり、名の知れたブランドの割に手の届きやすい価格のA.P.C.でも二万円以上の価格設定である。
 ジーパンと謂う呼称は、第二次対戦後、進駐軍から浸透していったものと思われる。つまり、「GIパンツ」=「Gパン」。
 もともとは作業着であったものをファッションにしたのはアメリカ映画で、その立役者は、ジェームス・ディーン、マーロン・ブランド、マリリン・モンローである。
 映画に興味がなければマリリン・モンロー以外は誰だか判らないだろう。が、昭和の世代ならば馬鹿でも知っている役者である。だからと謂って、知らなくても不都合はない。ひとの名前を知らずとも、今の時代、それで命を落とすことは先づ、ない。
 近年(※この記事はかなり前のものである)ではブラッド・ピットがエドウィンのコマーシャルで、「ゴーマリサーン(503)」と唄っていたが、ハリウッドスターが日本のコマーシャルで営業しているのは、当然のことながら向こうではNGである。
 当たり前だわな。バカ丸出しのことばかりやらされているのだもの。日本へ観光に来て、テレビを見た際、スーパースターの哀れな姿を見てショックを受ける方々が後を立たないと謂う(わたくしは十数年ほど前からテレビを見ない生活を送っているので、現在のコマーシャル事情とは違っている可能性が高い)。
 閑話休題。
 昔は子供のジーパンでもワンウォッシュしかなく、消費者の選択肢は非常に狭かった。
 わたしは小学生の頃からジーパンを着用しており、その選択は父親に任されており、口を挟む余地は微塵だになかったのだ。そもそも、子供服のジーンズにさほどバリエーションはない(当時は)。
 買ってもらうものに口出しなど出来ぬままのジーパン遍歴であったが、何故かボブソンに限られていたのが謎である。居住地が中部地方だったからであろうか。ボブソンは岡山の会社で、岡山はジーンズの聖地とされている。ボブソンなど、いまでは何処の店でも見つけることが困難であると謂うのに。

 十数年前と謂うか、正確な年数は記憶にないのだが、元連れ合いと岡山へ旅行した際、ジーパン好きなわたしは児島へ行きたいと申請し、それは意外にも叶った。しかし、はっきり云って申し訳ないのだが、そこは期待外れであった。
 ジーンズショップが軒を並べ、魚市場のようにお買い得価格のジーパンがずらずらとあるのかと思っていたのだ。そんなことはまるでなく、開いている店も少なく、売られているジーンズは一万円以上、上限知らず。
 旅先で買える金額ではない。いや、日常で買える金額でもない(わたしとしては)。
 一般庶民がジーパンに出せる金額は、ユニクロが台頭してからかなり下がったと思う。わたしが子供の頃は、ボブソン、エドウィン、リーバイス、リーと、ブランドがはっきりしていた。それ以外の選択肢がなかったのだ。
 これらのジーンズを親が子供に買い与える際、その地方にあるスーパーマーケットのテナントのジーンズショップで試着し、丈を見てもらい、裾上げをしてもらう。子供用のジーパンで、五千円くらいだったと思う。
 スーパーのテナントなので、裾上げする迄の時間は買い物をし、更には昼飯も済ませる。わたしの地方の場合、主にフードコートのスガキヤである。スガキヤというのは名古屋を中心に展開するラーメン屋のチェーン店だ。独特なスープが特徴であり、ラーメン屋なのに甘味処としても機能する、名古屋ならではのファストフードである。
 閑話休題。
 中学生の頃、裾上げして購入したジーパンが今でも手元にある。丈は当然、ちんちくりんなのは理解出来るが、何故かサイズが緩い。ぶかぶかなのだ。ジーンズ製品は熟れを楽しむファッションだけあり、悪く云えば経年劣化、良く言えばヴィンテージ。そんなことは兎も角、穿きこなせば伸びるのだ。布でなくとも、天然素材のものは着込めば着込むほど馴染んでくる。化繊には望むべくもないことである。
 なので、生デニムやワンウォッシュのデニムを購入する際は、そこら辺りを考慮に入れて慾しい。日を置かず着用するのならば、じきにこなれて馴染んでくるだろう。たまに洗濯して固く戻りゴワゴワしても、日々を過ぎると更に馴染んでくる。
 こうしていくうちに、ジーパンだろうがGジャンだろうが、体に馴染んでしまい、手放すことが出来なくなってゆく。既製品でありながら自分の体に添うた、まるで誂えたかのような状態へと変化するのだ。

 現在ある女子のジーンズのサイズは、昔のサイズとは全く違う。
 昔は27インチと云えば、かなり痩せた女子のサイズだったのだけれど、今、これと同じサイズは23。
 馬鹿じゃね?
 意味わかんね。
 統一しろや。
 小さい数字で馬鹿とデブを納得させてるってか?
 昔はメンズのLeeの27インチは、レディースのSサイズ、今で謂う、23インチだったんだよ。吃驚するか? 吃驚するだろうよ。そっちが吃驚しなくても、こちとらセミプロだっただけに、腰が抜けるほど驚れえたよ。
 すみません。理解出来ないあまり、阿呆のような言葉遣いになってしまいました。セミプロ、というのは、ジーンズショップの販売員だったことがあり、元々好きだったこともあって研究し、裾上げも熟せるようになったからです。
 しかし、サイズの変化については本当に、どうしてこうも違ってしまったのか理解に苦しむ。その理由については未だに答えを見出せていない。というか、調べてもいなかった。
 すみません。
 しかし、ジーパンが好きなら、言葉に拘るな。拘るのは言葉じゃなく、素材だ。
 つまりそれは、綿100%だ。
 ポリウレタンが1パーセントでも混じっていたらもう、手にするべきではない(嘘)。そんな悍ましいものに金を払うことなど、あり得ない。吐き気がする(それはない)。
 というのは極論だが、ポリウレタンという素材は製品が存在した時点で劣化が始まるという致命的な欠陥がある為、長期使用には向かないのだ。そしてジーンズ素材を使用した衣服は、概ね長きに渡って使用する場合を想定した衣料品が多い。所謂、アウトドア的に、ヘビーデューティーに使用される衣料なのだ(本来は)。ファッションアイテムとしても、こなれ感とか古着がいいとかと、マニアは拘る。
 そうして、拘る者からするとジーンズは綿100%、最低でもワンウオッシュ、出来ればリジッドデニムが望ましい。因みにわたしは、金がある時にAPCのリジッドデニムを4本購入し、それを愛用している。汚れた1本以外、洗濯はしていない。
 そもそもジーパンは、そう頻繁に洗濯するものではない。特にリジッドデニムは、履き込んで熟れてゆく状態を楽しむものである。生デニムは縮むのを前提に縫製されている。だから、ボタンフライなのだ。
 ユニクロの生デニムと称するジーパンを買った際、驚愕したのはジップフライだったことだ。リジッドでは有り得ない。リーバイスの501は、ワンウォッシュでもそうでなくても、基本的にボタンフライだ。
 極端に縮む生地の場合、前立てに使うものがジッパーだと、使えなくなってしまう可能性が高いからだ。何故ならば、縮んだ生地に釣られて前立てが捻じ曲がった挙句、ジッパーだと稼働出来なくなるからだ。
 上下に動かなくなったジッパーは、死んだも同然である。
 それを回避する為のボタンフライなのだ。ボタンならば生地を点で支える機構なので、線で支えるジッパーとはまるで違う。面と線である生地が縮んでも、点には影響を及ぼさない。先人の知恵、否、職人の知恵である。
 が、それは特にコストを要するものではない。アニエスベーの生デニムが二万七千円もするのは、生地や何やらすべてに拘っているのだろうが、ブランドに金払え的なやらずぼったくりである。
 木綿の生地を染色と糊づけ以外まったく加工せず、オーソドックスなジーパンの型に縫製したものの何処ら辺りに三万近くの手間が掛かっているのであろうか。
 恰好がいいのでかなり惹かれはしたが、無理して買う必要もなかろうと諦めた。同じ金を掛けるならば、或る程度納得出来るAPCのリジッドの方がマシである。それでも二万近くするのだが。
 ただ、APCのデニムと云っても、ポリウレタンが含まれるものもあるので要注意である。わたしも騙されて買った口だ。今ではそれは、部屋着兼、寝巻きである。わたしはジーパンを寝巻きに常用する人間なのだ。その習慣は、創作人物の「亮二」に反映している。

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