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四月一日

「この魚はナニ」
「四月一日だからです」
「んー、エイプリルフールか。で、魚となんの関係があんの」
「フランスではポアソン・ダブリルと云うんです」
「ちくしょう、フランス語か。思い出したくねえな。ポアソンは魚で、ダブリルってなんだ」
「四月です」
「四月はアブリル……。deがつくのか。つーことは、四月の魚」
「よく覚えてらっしゃるじゃないですか」
「苦労しただけにな」
「単位は落としませんでしたよね」
「落としてたまるか」
「外国語が嫌いといっても、木下さんは堪能な方ですよ」
「堪能なんかじゃねえ」
「聴き取りが得意ですし、英文も読めるじゃないですか」
「それはカバーする時に仕方なくやってて身についたんだよ」
「既に訳されたものを参考にすればいいんじゃないですか」
「自分でやりたいの」
「完璧主義なんですね」
「そう思うか?」
「音楽に関しては」
「他の部分は」
「……そうでもないですね」
「わたしはだらしないのよ」
「自慢出来ることではないと思います」
「そうなのよねー」
「堂々と認めないで下さい」
「何か不満でも」
「どうしてこんなに、あとからあとから片づけものが増えるのでしょう」
「何故かしら」
「木下さんが散らかしているんですよ」
「あらまあ」
「神経質そうに見えるんですけど、まったく違いますね」
「細かいことに拘る方じゃねえな」
「生活に於いてはですけど」
「それ以外はどうだってんだ」
「創作に関しては煩瑣いですよ」
「そりゃ、納得いくものを作りたいからな」
「クリエイターですからね」
「横文字で云うな」
「なんと云えばいいんでしょう」
「そんな名称で呼ばれたくねえ。おれはおれだ」
「木下さんなんですね」
「木下っつーと親父とその一族郎党も含まれるけど」
「木下亮二さん」
「お、下の名前云った」
「存じ上げておりますから」
「知らんのかと思ってた」
「そんな訳ないじゃないですか」
「手のひらとかに書いてあんじゃねえか」
「ないです」
「下の名前だけで云ってみ」
「…………」
「云えんのかい」
「すみません」
「もう諦めてるからいいけど」
「何を諦めたんですか」
「丁寧語で喋ることとか、苗字にさんづけで呼ぶこととか」
「お厭なんでしょうか」
「おれ、清世より年下だよ」
「それは関係ないです」
「尊敬してる訳じゃねえだろ」
「してます!」
「そんな声張って云うなよ。真実味が感じられん」
「木下さんのことは立派な方だと思っていますよ」
「立派じゃねえし、おまえは年上なんだからそれなりにして慾しい——と思うこともある」
「こともある程度ですよね」
「まあ、そうかな」
「わたしのことを子供扱いなさっていませんか」
「してないわよー、そんなこと」
「そんな感じがします」
「気の所為よ」
「磯へ行った時に、手を引いて下さるので子供に戻ったような気がすると云ったら、いつでもそんな気がするとおっしゃいましたけど」
「根に持たないで」
「そういう訳ではないですけど」
「おまえがそうやって丁寧にしてると、おれがさせてるって思われるんだよ」
「誰かに云われたんですか」
「疑問に思って訊ねられたことがある」
「……そうですか」
「非難がましくはなかったけどな」
「わたしの態度が迷惑なのでしょうか」
「そんなことないわよ。あなたが何をしようと平気です」
「このままでいいんですか」
「もう、結構毛だらけ、猫灰だらけ、お尻の周りは糞だらけ」
「……寅さんに悩まされているようですね」
「あれ、二、三本観りゃいいんじゃねえか」
「殆ど同じパターンですからね。でも、社長に勧められたものですから、手を抜いてはいけませんよ」
「あのひと、おれを苛めてんだろ」
「それはないですよ。目をかけて下さっているんです。これまで社員にあんな親しく話し掛けることはありませんでした」
「それこそ迷惑してんだけど」
「ありがたく思わなくてはいけないですよ」
「宿題出されなきゃ別に構わんのだけど」
「社長も宿題を出しているつもりはないと思います」
「次に来た時、感想訊かれんだぞ。観とけってことじゃねえか」
「結構、映画がお好きになられたように思いますけど」
「そうなのよね」
「洗脳なのでしょうか」
「恐いわよねー」

(2016年4月1日、某ブログにて)

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