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痴話喧嘩

「どうした」
「なんか、リョウ君が遠く感じられた」
「遠くって、これ以上ないくらい密着してナニ云ってんだよ。先刻なんか密着どころの騒ぎじゃなかったぞ」
「そういうこと云ってるんじゃない。わたしとバンドと、どっちが大事なの」
「……ほんとにそれ云うんだ」
「なんのこと?」
「今の科白、バンドやってる男が彼女に云われる常套句」
「みんなわたしと同じ想いしてるんだ」
「どうして慾しいんだよ」
「もっと一緒に居て慾しいし、もっといろいろ話して慾しい」
「要求が多いな」
「ふたつだけじゃん」
「時間があったら一緒に居るじゃねえか」
「うちに来てギター弾いてるか、エッチして帰るだけだよ」
「そんならもう、おまえには指一本触れない。それでいいか」
「そんなこと云ってるんじゃない。リョウ君から愛情が感じられないの」
「どうして慾しいのかよく判んねえけど、高校生に恋愛ドラマの真似事しろっつっても無理な話だぞ。そんなに一緒に居たいんなら、ライブについてくりゃいいじゃねえか」
「わたしはバンドやってるリョウ君が好きなんじゃない。リョウ君自身が好きなの」
「判ってるよ。そうじゃなかったら、つき合う気になんかならなかった」
「特別扱いして慾しいって思っちゃいけないの」
「してないか?」
「リョウ君、親しくなると誰でも同じようにするじゃない。みんなと同じなら、わたしはなんなの」
「彼女だよ」
「恋人だと思ってるの?」
「そのつもりだけど」
「わたし、リョウ君のこと殆ど知らない。なんにも云ってくれないもん」
「訊けば答えるよ」
「なに訊いていいか判んない」
「うーん。ああ、そうだ」
「なに?」
「亮二君の質問コーナー。誕生日はいつですか」
「二月十五日」
「バレンタインデーの一日後か」
「惜しいでしょ」
「バレンタインデーって、聖バレンティヌスが殉教した日じゃなかったか」
「そうなんだ。リョウ君の誕生日は?」
「十二月二十九日」
「なんの日でもない」
「悪かったな」
「こんなことも知らない恋人同士って、居ないよ」
「珍しくていいじゃねえか」
「凄いプラス思考だね」
「マイナスにものを考える性質じゃねんだよ」
「それはいいことだね。わたしは水瓶座だけど、リョウ君は山羊座かな」
「知んねえ、そんなこと」
「山羊座は真面目なひとが多いよ」
「合ってるな」
「まあ、部分的にはそうかな」
「部分的って、おりゃ全面的に真面目だよ」
「どこが。リョウ君が真面目だったら、コメディアンだって真面目だよ」
「お笑い芸人は真面目に仕事してんだよ」
「リョウ君は天然お笑い芸人」
「なんだ、その天然ってのは。おれはラドン温泉か」
「その返しがもう、おかしい」
「おかしいとか云うな」
「だっておかしいんだもん」
「お菓子?」
「違う。もういいよ。血液型は?」
「B型」
「だと思った」
「なんで」
「変わり者が多いから。芸術家やSF作家に多い」
「SFかあ。縁遠い世界だな」
「本よく読むけど、SFは嫌いなの?」
「嫌いじゃないよ。初期の筒井康隆とか好きだった。おまえは何型なんだ」
「わたしはO型」
「それはどんな性格」
「おおらかで明るい」
「自分で云うか、それ」
「だって占いにはそう書いてあるんだもん。相性はいいよ」
「へえ。では次の質問。好きな食べものはなんですか」
「パスタかな。スパゲッティとか、マカロニとか」
「おれはそういうの、あんまり好きじゃねえな」
「何が好きなの」
「麺類なら蕎麦かな」
「それ以外は」
「豆腐とか、酢のものとか」
「酢のものが好きなの? 珍しい」
「珍しいか?」
「男のひとって酢のもの嫌いなひとが多いよ。うちのお父さんまったく食べないし、おじさんなんかも嫌いだって云う」
「そりゃおまえの周りだけの話だろ」
「友達に訊いてみたら? 好きなひと居ないと思うよ」
「そうかね。えーと。好きな動物は」
「犬かな」
「どんな犬」
「チワワとか、ヨークシャーテリアとか」
「はあ、血統書附きの洋犬か」
「血統書はどうでもいいけど」
「その手の犬は附いてるだろ」
「リョウ君は?」
「動物なあ。なんでも好きだけど」
「ひとつ挙げるとしたら」
「うーん……。狐」
「狐が好きなの」
「牧田に狐狐って云われるから、愛着が湧いてきた」
「リョウ君のことを?」
「そう」
「慥かにそんな感じかな」
「狐っていうと、グリコ・森永事件の手配犯を思い出すんだけどな」
「古いなあ」
「あんな顔してるか?」
「まったく似てない。リョウ君は目がはっきりしてるじゃない。あの似顔絵は目が細くてぼんやりした感じだった」
「りょうとかいうモデルにも似てるって云われた」
「ああ、似てるかも知れない」
「女だぞ、あれ」
「目許がちょっと似てる。口許はぜんぜん違うけど。リョウ君、唇が薄いから。っていうか、あれこれ薄い」
「あれこれって」
「眉毛も薄いっていうか、細いし、髭も生えないし、色素も薄いみたいだし、顔の輪郭は細面だし、胸板も薄い」
「並べ立てやがったな」
「歌舞伎の女形になれるんじゃない?」
「なりたくねえ」
「あれはなりたくてなれるもんじゃないか」
「世襲制だからな」
「好きな女の子のタイプってあるの?」
「これといってない」
「背が高いのは厭とか、髪が長い方がいいとか、ないの」
「あんまり背が高いのは厭だな。髪形は普通だったらなんでもいい」
「顔立ちは」
「見られんほどのブスじゃなきゃいいよ」
「わたしは一応合格か」
「失格だったらこんなことしてねえよ」
「そうだね。なんかはぐらかされた気もするけど」
「気の所為です」

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