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晩春

 春の終わりがけ、窓を開けたまま眠っていた。
 差し込む陽射しが目蓋を越して痛いほどに射てくる。薄っすらと目を開けば、陽は既に傾いていた。窓外は明るいのに、何故か肌寒い。
 布団から出るのが億劫で、うとうとしていたら、玄関の扉がぎしぎしと鳴った。何事か、と思ったが、ぬくい布団から出るのも面倒なのでその侭にして置いた。そうして暫くすると、扉は内側へ何か強い力で以て、湾曲してうねるように撓いだした。
 扉は、金属で出来ている。見るからに、相当な力が加わっているように思われた。インターホンも鳴らされず、ノックの音すらしていない。何事かと思ったが、頭がまだ覚醒せず、ぼんやりしている。
 兎に角、扉を押さえなければ、と思って手を伸ばしたが、幾ら狭い部屋でも玄関の扉まで届く筈がない。しかしぼんやりした頭で布団から手を伸ばすと、ぬるりぬるりと腕が扉の方へ伸びていった。
 その腕は、青白く、うねうねと伸びて、とても自分のものとは思われなかった。
 玄関の扉はうねうねと生きモノのように裡側へと撓んでおり、わたしの手はそこまで届き、ぐいぐいとその動きを抑え込もうとしていた。
「誰だ」
 訊いても詮方ないことを口にした。当然のこと乍ら返事はなかった。扉を押す力は弱まることなく、また、強まることもなかった。自分の手と思われない青白い腕も気持ち悪かったが、訳の判らない扉の動きは尚更わたしの恐怖を駆り立てた。窓から射す陽光はまだ陰っていない。
 化けものが明るいうちに出るのだろうかと、頭の片隅で思った。起き上がろうとしたが、体が蒟蒻のようにぐにゃぐにゃして、何うにもならない。金縛りとは違う感覚で、ただただ、力が抜けているのだ。
 扉を押すモノは、ドンドン音を立てる訳でもなく、ただただ強い力でぐいぐい圧して来る。灰色の金属の板が、内側に湾曲して波のようにうねうね撓っている。それをわたしの腕がなんとか押し返していた。
 六畳ほどのひと間の端から端なので、どことなくひとごとような気がして来る。それでも、わたしからうねうねと伸びた青白い腕は、なんとか扉を押さえつけようと必死になっている。わたしの体はベッドからひとたりも動くことが出来ない。
 あれはなんだ?
 あれはなんだ?
 あれはなんだ?

 窓の外からは、夏を迎えようとして傾いた陽射しが影を投げかけている。
 扉は歪むように内側にうねって押し込んで来る。
 わたしの青白い手は、部屋を横切り伸びてのび、それを圧えつけていた。


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