人物裏話——車折と弟の会話篇。
(チャイムの音)
「はい」
「ぼく」
「衛か。どうした」
「ご飯、もう食べた?」
「これからだよ」
「よかった。これ、お土産」
「なんだ」
「蛇」
「…………」
「冗談だよ、落とすことないだろ」
「おまえが云うと冗談に聞こえない。それに動いたような気がした」
「動かないよ、死んでるんだから」
「ほんとに蛇なのか」
「蛇なんか持ってくる訳ないだろ、魚だよ」
「結構、重かったけど」
「黒鯛だから。遠藤さんが釣ったのをくれた」
「大きいのが釣れたんだな」
「あのひとは釣りが趣味だし、玄人はだしだからね」
「へえ。釣りってのも、奥が深いみたいだしな」
「ゴルフやってる奴らなんかより、信頼おける気がする」
「まあ、そうかもな」
「兄さんも釣りとか向いてそうだけど」
「そうかな、なんで」
「遠藤さんが云うには、忍耐と機敏さと判断力が必要なんだってさ」
「そんなものは備わってないよ」
「……謙虚だね」
「違う」
「そう謂えばさ、この間の窃盗未遂犯、棠野さんとふたりで相当なことしたらしいじゃないか」
「相当ってほどでもないよ」
「持ってた楽器で殴られたって云ってたよ」
「それはまあ、そうだけどな」
「兄さんは襟首摑んで車道に突き出そうとしたんだろ」
「実際にはやってないよ」
「脅しちゃ駄目だって。却って罪に問われるよ」
「ああ謂う奴らには厳しくしないとまたやるからだよ」
「そう謂うことは警察に任せてくれよ。事情聴取してて恥ずかしかったよ、ゴロツキが実の兄貴を殺し屋だって云ってたんだよ」
「……それは悪いことしたな」
「いいけど、今度からはやめてよね」
「あんなことは二度とあって慾しくないな」
「あの手の犯罪は多いんだよ。やる方もたいして悪いことだと思ってないから」
「おまえも大変だな」
「大変じゃないよ、子供の頃から警察官になりたかったし。父さんは兄さんにやらせたかったみたいだけど」
「おれは警察官になりたいと思ったことはないな」
「なんで、向いてると思うけどなあ」
「ひとのやることにケチつけて廻るみたいで厭なんだよ」
「そんな仕事ばっかじゃないよ」
「そうだろうけど、性に合わない」
「柔道だって強かったのに」
「柔道と警察の仕事は同列じゃないだろ」
「腕っ節は関係あるよ。バンドなんかより合ってると思うけどなあ。……いつまで続けるの、父さんも心配してるよ」
「心配するなって云っといてくれ」
「就職もしないで」
「生活出来てるから大丈夫だよ」
「そう謂う問題じゃないんだけどなあ。棠野さんたちに影響されたの」
「影響はされてない」
「まあ、ひとに左右される性格じゃないか。あのひと達と知り合ってから少し明るくなったしね」
「棠野は馬鹿みたいに社交的な奴だからな」
「玲二さんは暗いよね。暗いって謂うか、引っ込み思案なのかな。あれでよく歌なんか唄えるね」
「あいつは暗いって謂うより、子供なんだよ。まったく成長してない」
「バンドやるようなひとにも思えないね。見た目は兎も角」
「棠野が無理矢理やらせてるようなもんだからな」
「厭なら断ればいいのに」
「そんなこと出来ないんだろ。それにあいつは、バンドやってなかったら廃人だよ」
「無気力そうだもんね」
「そうじゃなくて、無気力そのものだよ」
「一度しごいてあげようか」
「おまえが警察学校行ってる話をした時、棠野が自衛隊に入れたらどうだって云ってたけどな」
「生きて戻れないだろうね」
「そうなるだろうな」
「それも経験じゃない? 極限の状態を経験したら、あんな甘っちょろい感覚じゃいられなくなるよ」
「まあ、そうだな」
「玲二さんみたいなひとは、誰の助けもないところで死ぬような目に遭わなけりゃ目が覚めないと思うよ」
「……まあ、そうだな」
「富士山の樹海に一週間くらい放り込んでおけば、性根が叩き直せるんじゃないかな」
「うーん、そうかなぁ」
「それよりも、マグロ漁船に乗せた方がいいかも知れない」
「おまえ、玲二になんか恨みでもあるのか」
「え、なんで」
「話聞いてたら、玲二を殺しかねない気がしてきた」
「ぼく、警察官だよ」
「自覚があるならいい」
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