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秋日和

 秋の或る日、影郎は庭の畑の様子を見に実家へ戻った。畑は影郎が居た頃より若干荒れた感じがしたが、左人志は勤め人なのでそうそう手入れもしていられないのだろう。茄子もトマトも薹が立ってしまっている。
 プランターのハーブを摘んで、影郎は家の裡に戻った。

「お、影郎、帰って来ちょったんか」
「畑、見に来た」
「草村君はどうしちゅう」
「なんか映像作家のひとの取材に行ってる」
「ほんなこともしよんのか」
「いろいろやるみたいだよ。ひとが少ないから」
「何処行っちゅうの」
「京都」
「今日は帰ってけえへんのか」
「うん」
「ほんなら、こっち泊まってくか」
「そうしようかな」
「泊まってけ。ベッドもそのままやし、服も残したるみたいやし」
「じゃあ、泊まってく」
「あ、猫どうすんの」
「一晩くらい大丈夫だよ。旅行に行った時も平気だったし」
「ああ、岡山行った時か」
「うん。帰ってきたら普通にしてた」
「そおなんか。動物飼ったことないから、よう判らんわ」
「犬はどうか知らないけど、猫は結構自立した動物だから」
「へえ。そういやそこらうろつき廻っとる奴も、ふてぶてしい顔しちょるもんな」
「うちの猫は可愛い顔してるよ」
「なんちゅう猫やったっけ」
「ロシアンブルー」
「ごつい種類やな」
「そうかな、普通じゃない?」
「まあ、血統書附きの動物て、大層な名前ついちょるけどの」
「まあね。別に血統書なんか要らなかったけど、ペットショップで抱っこさせて貰ったら、腕の中でおしっこしたんだよ」
「そんなんされたらやんなるんちゃうか、普通」
「可愛いなあって思った」
「おかしな感覚しちょるのう」
「毛並みが凄い密で触り心地よかったし」
「猫のことはよう判らんけど、えらいおとなしいしな」
「そういう種類なんだって。全然鳴かないし」
「アパートに向いとるの。なんて名前やったっけ」
「あお」
「ロシアンブルーであおて、捻りのない名前じゃの」
「紘君がつけたんだよ」
「図書センター勤めとるのに、ネーミング・センスのない子ぉやな」
「おれもそう思った」
「なんや仲ようやってるみたいで安心したわ。おまえのことやで、呆れらた挙句に、一瞬でほりだされるかと思うちょった」
「そんなことしないよ、紘君優しいもん」
「おまえにつき合えるだけでもたいした子ぉじゃのう。変態なんか」
「なんだよ、それ」
「まあ、ええやん。畑見に来たって、もうなんもなっちょらんじゃろ」
「枯れた株を抜いたりした」
「そら大変じゃったの」
「抜いたの堆肥にするから、捨てないでよ」
「判ったわかった」
「あおの写真撮ってたじゃん。プリントしたのある?」
「ないけど保存したぁるで、すぐプリントアウト出来るよ」
「慾しい」
「飯喰うたらやっちゃるわ。すぐ出来るの」
「下ごしらえしてあるから」
「そおか。なに作ってくれるん」
「金目鯛を買ってきたから、塩胡椒してバットに準備してある」
「金目鯛か、煮つけ?」
「っていうのかなあ」
「また変わったことしよんのか」
「別に変わってないよ。中華風の味」
「へえ、おまえにしては珍しいやないか」
「最近、胡麻油使うのに凝ってるんだ」
「美味しそうやな」
「胡麻油、紘君が好きなんだよね」
「なんか甲斐甲斐しくやっちょんのう」
「食べてくれるひとが喜んでくれると嬉しいじゃん」
「まあ、そやな」
「それは左人志も同じだよ」
「まあ、旨かったな」
「おれ、料理しか取り柄ないし」
「まあ、そやな」
「普通、そんなことないって云わない?」
「云えへんもん、しゃあないやん」
「酷いなあ」
「そういやあ、木下君は草村君と一緒に住んどること知っちょるの?」
「知らない」
「なんで云えへんのや」
「紘君が職場で何云われるか判ったもんじゃないから、黙っといてって」
「えらい信用ないのう」
「リョウ君じゃしょうがないんじゃない」
「あの子はひと中傷することなん、せんじゃろうが」
「そうだけど、変にからかわれたりしたら可哀想じゃん」
「そらそうやな」

金目鯛のソテー
 金目鯛は鱗と鰓と内蔵を取り、片面に飾り包丁を入れ、水気を取って塩胡椒で下味をつける。
 魚に小麦粉を茶漉しなどでふりかけまぶしつける。
 フライパンに多めの油を引き、熱してから魚を皮の方を下にして焼く。焼き目がついたら裏返す。
 魚が焼けたら皿に載せ、白髪葱を盛りつける。
 フライパンに酒、醤油、檸檬汁、大蒜(みじん切り)、胡麻油を入れ、軽く煮詰めてから白髪葱を入れ好みにより片栗粉でとろみをつける。
 それを金目鯛にかける。

「これ、茄子?」
「賀茂茄子と山椒の実を塩漬けにしたの」
「へえ、この緑いの山椒か」
「冷蔵庫にも入れてあるから食べて」
「美味しいな」
「紘君が買ってきてくれるって」
「茄子を? 重いやろ」
「宅配便で送るんじゃない」
「そおか、その手があるな」
「京野菜はなかなか手に入らないから、珍しいのがあったら買って来るって云ってた」
「店でも料理出すようになったんか」
「漬けものだけは出してる」
「ショットバーで漬けもんてな」
「評判いいよ」
「まあ、旨いし、酒の当てに向いとるわな」
「持って帰るひとも居るよ」
「採算合わんのと違うか」
「そんな凄い量じゃないもん」
「漬けもん馬に喰わすほど慾しがる奴もおらんじゃろうしな」
「店で軽い食事も出そうかと思ってるんだ」
「そりゃあまあ、趣味と実益兼ねてええんちゃうか」
「家で作ってけばいいから、コンロは設置しなくていいだろうし」
「電子レンジがありゃ、なんとかなるわな」
「うん。飲食店営業許可は取ってるから、これまでも出すことは出来たんだけど、ガス引いてないからどうしようかなあって思ってて……。お客さんに勧められたりするから出そうかなって」
「ええんちゃうんか。そこらの総菜なんかよりよっぽど旨いで」
「受けるかな」
「そら受けるわ」
「どんなのがいいかなあ」
「まあ、簡単につまめるもんがええんちゃうか。カウンターしかないんじゃけえ」
「こういう魚料理みたいなのは出すつもりないけど。なんかあったら恐いし」
「客になに喰いたいか訊きゃええやん」
「そうか、そうだね」
「草村君に相談したらどうやね」
「したよ。保存食とか、レンジだけで出来る料理がいいんじゃないかって云ってた。その玉葱もレンジだけで作った」
「この丸のまんまのやつけ」
「三分で出来るんだよ」
「そんな短時間で出来るんか。凄いのう」
「左人志だって作れるよ。レンジで作れるものって結構ある」
「どんなん?」
「照り焼きも出来るし、コツさえ摑めば魚も調理出来るよ」
「ああ、魚チンすると爆発するらしいな」
「だってね」
「皮膜があるのは爆発するって、ひとり暮らししとる奴が云うとった」
「爆発しなくて焦げ目もつく容れもの売ってるよ」
「ほお、そんなんあるんか」
「ひとり暮らしのひとに評判いいみたい。左人志もそれだったらいろいろ作れるようになるんじゃないかな」
「そうやなあ、どうじゃろ」
「なんで料理するの面倒くさがるんだろ。紘君も出来ないって云ってるし」
「男やったらそれが普通やて。おまえみたいに板前並に作れる方が変わっとんのじゃ」
「料理人は男の方が多いじゃん」
「……そうやな」


 左人志の部屋は、玄関脇の北向きだが八畳ある部屋で、窓も大きい。ベッドと机しかなく、ものもあまり置かれていない。まあ、典型的な三十男の部屋である。
 カメラは専用の鞄に仕舞ってある。鞄にカメラ用の防湿剤が入れてあるのは、レンズに黴がつかないようにする為である。レンズに黴がつくと、玄人でもなかなか取ることは難しい。
「どれ印刷すりゃええの」
「適当に選んで」
「飾っとくん?」
「うん」
「おまえらが写ってるのは要らんか」
「あるの?」
「何枚かある。なんや草村君は下ばっか向いちょるのう」
「あおが居るからじゃない? それに紘君は写真に撮られるの嫌いだからね」
「そうなんや。ま、適当に選んで印刷するわ」
「左人志はいつから写真に興味持ったの」
「中学の頃かな」
「きっかけは?」
「なんやったかいのう。流行っとった訳ちゃうし、好きな奴がおったんでもないし……」
「紘君は映画観るのが好きだよ」
「職場でただで借りられるでええなあ」
「凄く詳しいから、いろいろ教えてくれる」
「なんぞおもろいのあるか?」
「こないだ観た『不思議惑星キン・ザ・ザ』っていうのが面白かった。旧ソ連の映画なんだけど」
「SF?」
「うん。巫山戯た話だったよ」
「ソビエトのやのに」
「なんかソ連の映画は深刻なのや、労働者の意識を高揚させるのしかなかったみたいだけど、たまに変なのがあるんだって」
「まあ、真面目なんが多いんは、何処も彼処も国営じゃったからやろうな」
「後はねえ、『松が根乱射事件』が奇妙な感じで面白かった」
「犯罪映画なん」
「まあそうなんだけど、変なひとばっか出てくるの」
「聞くだけでマニアックな感じじゃのう」
「そうでもないよ。図書センターのライブラリーは変なものが多いけど、前の社長の意向なんだって」
「やっぱ趣味でやっちょったんか」
「そういう訳でもないんじゃない? 個人的な所蔵品を倉庫代わりに置いてたらしいけど」
「金持ちは好き勝手出来るのう」
「でも凄く良いひとだったって」
「まあ、金持ちは鷹揚じゃけえの」
「話し言葉もざっくばらんで、自分のことおれって云ってたんだって。リョウ君みたいな言葉遣いだったらしいよ」
「あんな喋り方しよったんか」
「らしい」
「大企業の社長がのう」
「性格もリョウ君みたいだったんだって」
「はあ、それで気に入られたんか」
「かもね。今の社長はそのひとのお兄さんなんだけど、やっぱり気に入られてるみたい」
「そのひとも変わりもんなん?」
「全然逆で、生真面目なひとらしいよ」
「気に入られてる云うても相手も忙しいで、遊びにつき合わされる訳ちゃうやろ」
「そういうことはないらしいけど、よく本社に呼び出されたり家に招待されたりするらしい」
「家て、ものごっついとこなんじゃろうな」
「北地区の高級住宅街にあって、凄い立派な日本家屋らしいよ。紘君は見たことないって云ってたけど」
「ひとの家拝んだところで、なんのご利益もないでのう」
「でも一度くらいなら見てみたいな」
「見学させてもろたらええやん」
「どうやって」
「木下君に頼めば?」
「リョウ君だって無理でしょ」
「気に入られとんねやったら都合つくじゃろ」
「そんなの悪いよ」
「おまえも遠慮するようになったんか。草村君のお陰じゃの」
「遠慮くらいするよ」
「そんなんせえへんかったやないか」
「してたって」
「兎に角、草村君にはなんぞお礼せなあかんな。あの子、何が好きなん」
「映画」
「阿呆、そんなん訊いてんちゃうわ。贈れる範囲内で答えい」
「うーん、食べることは好きだけど……。買いものしたりするのが好きかな」
「どんなん買うの」
「服とか」
「ああ、あの子、結構お洒落やもんな。でもそうゆうんは好みがあるでのう」
「一緒に選んだげようか?」
「そやな、そうしてもらおか」

 或る日の午後、中央区にある某ファッションビルへ、影郎と左人志は草村紘に贈る服を選びにやって来た。左人志はこういった処へは滅多に来ないので、すべて影郎任せにしていた。
「若いもんの服ばっかやな」
「左人志だって若い方じゃん」
「こんなとこで買いもんなんかせえへんでな」
「似合いそうなのあるよ」
「ええわ、今日は草村君の服買いにきたんじゃけえ」
「紘君がよく行くのはBEAMSだけど、どうだろ、そこのは自分で選んだ方がいいだろうし……」
「あんま高けぇのぉでも、恐縮してまうじゃろうしのう」
「紘君の性格ならね」
「幾つやったっけ」
「七月で三十になった」
「そんな年なんか。そうは見えんな」
「若く見えるよね、落ち着いてる割には」
「そうやな、結構お洒落だからかの」
「服装には気を遣ってるみたい。リョウ君と違って」
「あの子はなあ、いつ見てもよれた服着ちょるのう」
「みっともなくはないけどね、シンプルな普通の服で」
「まあな。あんな普通の恰好しとるで、バンドやっとるとは思われへんの」
「鞄がいいかな。仕事に持ってくやつ」
「高いんちゃうんか」
「んー、適当な布バッグで通勤してるよ」
「ああいう職場ならそれでええんか」
「これどうかな」
「学生みたいやん」
「うーん。でもこういうの好きだけどなあ」
「三十の会社員が持つにゃあ、相応しないじゃろ」
「なんかよく判んなくなってきた。食事奢ってあげればいいんじゃない?」
「まあそれが無難な線じゃの。何処がいいか訊いといて」
「本人に訊いたらファミレスでいいとか云うよ」

 影郎が世話になってるということで、左人志の奢りで三人でとった食事は『なだ万』の秋の懐石コース、ひとり一万一千円。彼は感激して、後日、左人志にCONTAXのTvs DIGITALを贈った。奢った意味がない。

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