人物裏話——水尾とエミの会話篇。
「何がいいんだ」
「えーとね、ミルクティー」
「そんだけか、喰いもんは」
「高いからいいよ」
「これくらい払えるよ、そこまで貧乏じゃない」
「じゃあねえ、アップルパイにしようかな。ケンジ君は?」
「コーヒー」
「胃に悪いんじゃない?」
「紅茶の方が胃にくる」
「そうなんだ、ミルク入れても?」
「なんも入れん」
「入れればいいのに」
「くどいような気がする」
「そうかなあ、まあいいや。ホットだよね」
「うん。自分で頼んでみろ」
——お決まりですか。
「はい。えーと、アップルパイとミルクティーと、ブレンド」
——紅茶とコーヒーはホットですか?
「はい」
——かしこまりました。
「何笑ってるの」
「いや、別に」
「笑ってるじゃん」
「笑ってないよ」
「もー、馬鹿にして。注文くらい出来るよ」
「いつもおれが頼んでるから、大人に口利けないかと思った」
「大人って、今のひと若かったじゃない」
「男だし、二十代半ばくらいだから」
「それくらいなら若いじゃん」
「おまえからしたら大人に思えるだろ」
「あたし、十七才だよ」
「ガキじゃねえか」
「ケンジ君だって十九じゃない」
「精神が老け込んでるからな」
「そんなこと自慢にならない」
「子供じみてるよりましだよ」
「あたしのこと云ってるの?」
「一般的に」
——お待たせ致しました。ミルクティーの方は。
「わたしです」
——アップルパイも此方で宜しかったですか。
「はい」
——ごゆっくりどうぞ。
「おいしそー」
「そうか?」
「ケンジ君は甘いもの食べないよね」
「喰わねえな。料理にも砂糖は使わない」
「料理なんかするの」
「最近は殆どしねえけどな」
「どんなもの作るの」
「別に普通のもん。煮物とかサラダとか」
「へえ、すごい。あたし作れない」
「作れるようにしろよ、女なんだから。嫁に行ったら旦那に作ってやらなきゃいかんだろ」
「ケンジ君に作ってもらうとか」
「おれを花嫁道具にする気か」
「違うよ、もういい。これ、美味しいよ、甘さ控えめで。ほら」
「……あまー」
「これで? そんなに甘くないよ」
「甘いって。頭が痛くなりそう」
「そうかなあ」
——エミちゃん、こんちはー。あ、こんにちは。
「どうも」
——デート?
「うん」
「デートなのか?」
「そうでしょ」
「まあいいか」
——健司さん、今日はお休みなんですか。
「ああ、土曜日はバイトしてないから」
——大変ですね。
「大変だけど仕方ないからな」
——今は何をやってるんですか。
「夜間清掃と引っ越し屋の荷物運び」
——えー、そんなことやってるんですか。こんな細いのに。
「体力と腕力はあるよ」
——そうなんですか。春休みなのにずっとアルバイトなんですか?
「今、稼いどかないと、学校が始まったら時間が取れないからな。一年の時ほど忙しくないみたいだけど」
——陽南ですよね、頭いいんですねえ。
「高校のレベルからすると普通だけど」
——何処だったんですか。
「英徳」
——えー、すごい。エミちゃん知ってたの。
「知らなかった、なんで教えてくれなかったの」
「訊かなかったじゃねえか」
——バンドとかやってそうなのに。
「そんなもんやってないよ。なんでそう思うの」
——だって、髪の毛長いし細いし。
「細いのも関係あんの」
——ミュージシャンってみんな細いから。
「へえ、そうなんだ」
——知らないんですか。
「ケンジ君、音楽あんまり聴かないの」
——そうなんだ、意外。
「家にテレビもないし」
——えー、信じられない。何して閑を潰してるんですか。
「閑なんかねえな」
——はあ、大変ですね。……煙草なんか喫うんですか。
「喫うよ」
——未成年ですよね、どうやって買ってるんですか。
「女に貰ってる」
——うそー。
「嘘だよ」
——本気にしちゃった。あ、友達が来た。じゃあ、エミちゃん、またね。健司さん、失礼します。
「バイバイ」
「誰、あれ」
「去年の文化祭で紹介したじゃん」
「そうだっけか?」
「ケンジ君、すぐどっか行っちゃったもんなあ。何処に行ったの」
「帰った」
「えー、嘘」
「顔出すだけでいいっつっただろ」
「数分居ただけだったじゃん」
「彼処に行くまでは時間がかかったよ」
「帰ってからどうしたの」
「仮眠してからバイトに行った」
「それだけ?」
「女のとこで寝たけど」
「うそー」
「嘘だよ、女子高生って騙し易いな」
「ケンジ君が云うからだよ」
「なんで」
「冗談なんか云いそうにないもん」
これは2015年7月5日に某ブログで公開したもの。そこでは翌日に報告記事を毎回書いており、本編では会話のみを掲載していた。話にもならぬ断片である為、裏話としてある。以下が翌朝の報告。
↓
水尾とエミの会話は、水尾が大学二年になる直前、エミが高校三年になる前の春休みのもの。この頃はまだ水尾の部屋にしょっちゅう行っておらず、従って弁当の差し入れもしていないので、エミは料理もまだ出来ない(と謂うか、弁当の中身は母親が作っており、彼女は詰めていただけ)。來河池の作る飯しか喰っていないので水尾が料理が出来ることも知らない訳である。
たまたま鉢合わせた同級生が水尾のことを知っていたのは、高校最後の文化祭へエミが水尾を招待し、会話にある通りさっさと帰ってしまった。彼を見たエミの旧友らはどよめきたち、こうしたことから彼女は自分たちの馴れ初めを話すことに慣れていったのである。
因に水尾はアルバイト先で喰う午飯は自分で作って持って行っていた。
注文の品を持ってくるのが早いように思われるかも知れないが、それは会話のテンポの所為で、ちゃんと普通に時間は経過している。アップルパイはエミが喰わせてやった。可愛らしいねえ、若いカップルと謂うのは。
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