神々の山嶺

 夏の映画館の効きすぎた冷房が好きだ。外の世界から別の世界に迷い込んだような気がして。一歩踏み込んだ瞬間、ふわっと私を包みこむ。その時、私は世の中の嫌なこと何もかもから逃れられるのだ。
 けど、この映画は少し違う。恐ろしくなる程、この映画には冷気が似合いすぎている。

 神々の山嶺を見てきた。

 私は登山なんて高尾山に数回上った程度の人間だ。きっと羽生の気持ちも深町の気持ちもこれっぽっちも理解できないんだろう。実際、死ぬとわかっていて冬の南西壁に向かう羽生の気持ちはまったく理解できなかった。
 けれど、少しだけわかることがある。
 私はニコニコ動画でRTA(リアル登山アタック)の動画を見るのが好きだ。簡単に説明すると、RTA(リアル登山アタック)とは、ゲームのクリア時間などを競うRTA(リアルタイムアタック)が元ネタで、RTA(リアル登山アタック)は山頂までの登山時間を競うものだ。といっても、登山は安全が第一なのでタイムとは形ばかりのもので、主に登山中の様子をカメラ(アクションカム)に写しながら雑談する動画だと思ってもらえればいい。始まりはやまおとこ兄貴こと京野七番氏だが、氏の初めて投稿した動画が「落ちなければ安全」と言われている剱岳の登頂動画である。続いて、バリエーションルート非常に危険と言われているらしい西穂奥穂縦走の動画だ。

どちらも、命の危険を伴う非常に難しい登山となる。実際に剱岳では300人以上の死者が出ている。そんな動画が始まりなだけあってか、他の投稿者についても命の危険を伴う登山動画が多い。もちろん、高尾山などの初心者向けの登山動画はあるが、それでもやはり難しい登山を行っている動画が目立つ。どうしてそんな危険を賭してまで登るのか、私にはわからない。わからないけれど、少しだけわかることもある。山頂から見た景色の雄大さ、難所を乗り越えた時の達成感、運動した後山で食べるご飯の美味しさ、仲間と声をかけながら登る楽しさ、そういう山に引き付けられる何かが、画面越しでも伝わってくるのだ。不自由な言葉では表現しきれない、気持ちがそこにあるのだということが伝わってくるのだ。

 マロリーのカメラも真実も関係ない。「ただ登るだけ」と言う羽生の意味が、ほんの少し、本当に少しだけわかる気がする。山はただそこにあるだけで、人はただ登るだけ。ただそれだけ。

 いつかサブスク等に追加されることがあれば、是非冷房ガンガンにしてみることをお勧めしたい。臨場感たっぷりで楽しめることと思う。

 私は、積読消化したら原作に手を出します。

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