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傲慢で臆病者で打算的。

第5回、フランボワーズです。
(フランボワーズ使ったケーキが好きだった、そういえば。)

推敲します、とか言いながら感情任せに書いてしまったので内省していました。
それでも、あの時の私は紛れもなくそう感じてしまったのだからそれを言葉にすることは自分にとって大切であったと思います。
沸沸とある怒りを昇華させるために最近はスイーツを作っています。
きっちりと分量を量り、手順に沿って、作る、それらはとても気持ちが良いものです。失敗したとしても私のせいで、成功したとしても当たり前と捉えられる、気軽さたるや。

今回のお題はその心の持ちようのお話になるかと思います。

それでは、どうぞ最後までお楽しみください。


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信用と信頼。
日本の社会で生きていく上でこれほどまで言われる言葉があるんだろうか、と思ってしまうくらい使われている、よね。

信用とは信じて用いること
信頼とは信じて頼ること

そもそもセットのように使われている言葉だけど、意味合いが違う。
信用には実績が必要で、信頼はその実績を見た上での評価や期待。
信用の積み重ねが信頼に繋がるってことですよね。

言葉にするとすごい重圧...!


自分で言うのも烏滸がましいのですが、仕事はそれなりにできると思うんです。いや、与えられたタスクにプラスαぐらいですね。
明らかに得ていると感じた信用と信頼を保つのに必死で、周りの人達を信用、信頼することができませんでした。
自分が抱えるタスクが増えていけば、周りに振らなければ自分が潰れてしまうのに相手のミスが自分の信用に直結することを考えたら仕事を振れなくなりました。
ダメだと気がつき、仕事を振った矢先にミスの尻拭いをしているとすごくその信用と信頼が重荷に感じました。
1人だったら失敗したとしても私のせいで、成功したとしても当たり前と捉えられるから気軽なのに。
そういうマインドのまま大学時代のアルバイト先を勤め終わり、今度はフルタイムで別のところで働いてるうちに信用と信頼を得ることの難しさにぶち当たりました。
仕事ができると思っていたのに此処では役立たずで、置いてかれて、何をしていいのかわからず、周りの評価に怯える毎日。
信用も信頼もない1人はとても怖い。
積み上げてきたものからマイナスされるのと、ないものからマイナスされるのでは意味の重さが違う。
それを身を以て知りました。

「結果を残せよ。」

その通りすぎる。
その為の努力を怠っているから仕方がないのだけれど。

社会に身を置いて円滑な生活を営む上で、信用と信頼は得ていた方がいい。絶対に。
その方法は人それぞれではあるけれど、

信用は実証的
信頼は精神的

このことを踏まえていればいいんじゃないですかね。


そして、人間関係においても必要ですよね。
私は人に対して信用や信頼をしているようで、していないです。
これは損得”感情”と失望の回避です。
また、それらを向けた時に拒絶されたらと思うと怖くてできないです。
そして、私も彼らからのそれらを拒絶してしまうのです。

でも、
何度も何度も、私のことを見てくれた人たちのことは心から信用と信頼をしています。
それは気にし続けてくれたという結果と、その結果がもたらした安心感による信頼です。
きっとそうやって得たり築いたりするものなんだと思います。


ふとした瞬間に使うありふれた言葉なのに、ここまで重い言葉ないと思います。
それらがないと始まらないこともありますから。
なので、これらを得ることは自分が選んだ道を全うするある種の責任でもあり、手段でもあると思っています。
そして、必要のないそれらは打算的に積み重ねて使える時に使えばいいと思います。


信用と信頼。
確実に必要なスキルだぞ、自分。
という、言い聞かせです。

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