感情そのものが行方不明に。
悲しい時
コインパーキングの精算で駐車番号を間違えた時
そして車に近づくまでそれに気付かない時。
悲しい時。
お財布に一万円札が入っているつもりでいたのに、取り出してみたら千円札だった時。
夕陽が沈む時はずっと見ていたいほど好きな時間です。ちっとも悲しくない。
宍道湖に夕陽を観に行ったのに曇天だった時は悲しかった。
以前、嬉しいという感情が行方不明になっていることを書きました。
数日経ちますが、まだ感情の行方はわかりません。
「悲しい」はわかる。毎日一個は悲しいことがある。大事から些細なことまでバリエーションは様々だ。
でも、以前に比べて「大悲しい」は少なくなってる気がする。
ひょっとして「悲しい」も行方をくらまそうとしている?
感情の起伏が穏やかなのは、精神の安定を意味してるのだとは思うのだけれど、安定しているのと感情が乏しいのとは違う気がする。
豊かな感情を思い出したいので、本を読もうと思います。
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