見出し画像

辻仁成②~作家つじひとなり

 前回の投稿の最後に、すばる文学賞を受賞したことをサラッと書いたが、受賞してからの数年間の作品は読んでて「肩に力入ってるなあ」と正直思っていた。
 特に思ったのが、小説ではないのだけれど初のエッセイ集『ガラスの天井』を読んだ時だった。
 一つ挙げると、買い物でレジに並ぶ覇気の無いサラリーマンの列にゾッとしたり、でもレジのお姉さんが自分だけには買い物袋を差し入れてくれたとか、え、これって選民思想かい?どうしちゃったの仁成・・・と読みながら心配になった。
 が、その後同年に発表された『そこに僕はいた』が仁成の幼少時代を含めたほっこりするエッセイだったので、仁成の気持ちの振れ幅凄いなあとも思った。
 今改めて考えると、この時の仁成は『ミュージシャンが二足のわらじで受賞作家になっただけ』という古い考えの残っている文壇界で何とか居場所を見つけよう、自分を認めさせようと躍起になっていたのだと想像がつく。
 作品を発表し続けていく中で『母なる凪と父なる時化』が芥川賞候補となり、その後『海峡の光』で芥川賞を受賞し、作家の辻仁成が世に認められていくにつれ文体も柔らかくなり、誰もが認める作家としての地位が確立したことで、肩の力も抜けていったのだろうなと。
 
 芥川賞受賞後は『白仏』でフランスの文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を受賞、男女異なる立場で書いた『冷静と情熱のあいだ 』を江國香織氏とそれぞれ発表し映画化もされ、その他映画化された作品や自身で監督した作品も多くあり、ミュージカルや演劇の舞台化された作品もある上、『嫉妬の香り』と『愛をください』はドラマ化された。
 特に『愛をください』ではドラマ中にECHOESの楽曲『GENTLE LAND』や『ZOO』を織り込み、『ZOO』はドラマ中で菅野美穂演じる蓮井朱夏名義と、ECHOES名義両方でリリースされどちらもヒットし、小説-ドラマ(TV映像)-音楽のメディアミックスが成功、同年12月28日の日本武道館でのECHOES再結成ライブのきっかけともなった。

 そして2000年代に入っても作品を発表する勢いは衰えず、現在では辻仁成(つじひとなり)と読む人がほとんどとなった。

 作家の部分についてはサラッと書いて終わりと思ってたんだけど、サラッと書いてもこれだけの量になるのだから、やはり今の辻仁成を作り上げているのは作家としての部分が大きいのだなあと思ってしまった次第。

 1996年のエッセイ『音楽が終わった夜に』でこのような記載があった。

「僕は音楽が好きだ。しかし今は音楽を職業として続けていくタイミングが悪い。」
「音楽と小説、この二つの表現方法は僕の中で永い間綱引きを続けていた。そのお陰で、僕は力の結抗という線上でじっとしていなければならなかった。しかし今、僕は小説に加担した。結抗は崩れ、僕は小説の勢いを手に入れることになる。
 今はただ書くだけだ。時間は十分にある。」

 その言葉通り仁成は小説の勢いを手に入れ、翌年に芥川賞を受賞した。

 そして『音楽が終わった夜に』の最後にはこのような記載もあった。

「いつかまた僕はまた音楽と向き合うことになる予感がする。」
「音楽は決して終わることはない芸術だ。出会ってしまったらそれは永遠に続く恋愛なのである。つまりそういうことだ。だって音楽は卒業することができないものだから。」 

 なので今回のミュージシャン引退ライブも、仁成には悪いが、いつかひょっこりパリあたりでライブやるのかも・・・と思っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?