嘘から出たまこと

 絢爛にして華美。
 目に飛び込んでくるその輝きに、見習い小姓の立場を偽って舞踏会に潜入したイネジクは、ただただ目を丸くするばかりだ。
「・・・・・・どうした、少年。主人はどこだ」
 抑揚のない声に、途切れがちにそう尋ねられ、イネジクは正気に戻り、声のした方に顔を向ける。
 そして、そこにあった顔に心を殴りつけられた。
「・・・・・・なぜ黙っている。主人はどこだ。はぐれたのか」
 その声の主人こそがイネジクがここに潜入した理由。
 戦死した主人の仇。
 そして主人が恋い焦がれた相手。
「・・・・・・いえ、主人はきておりません」
「なに?・・・・・・ではいつ来るのか。主人が居らぬのにここにいては不審である。入り口で主人を待て。そして主人とともに入ってくるがよい」
「・・・・・・それは不可能でございます」
「なに?よく聞こえなかった。もう一度申せ」
 少年の声を聞き取るためか、少年に一歩近寄る男。顔を上げ、自分の間合いに相手が入ったことを確認すると、少年は隠し持っていたものを逆手に、勢い良く一歩を踏み込んだ。


「いや、なんでもない。気になさらず」
 通路の中央で立ち止まった少年とロムリの左右を、舞踏会の招待客たちが不審そうに眺めながら通り過ぎて行く。
 ロムリは招待客たちに異常を気取られないように平静を装った声で通過させていく。少年を受け止めた右手が熱を帯びているが、過去、戦場で負った負傷に比べればどうということはない。傷の程度も命に関わるものではないだろう。
 ロムリは、少年の顔色がみるみるうちに悪くなっていくのを見て取る。まるでロムリの右手から流される血が、そのまま少年の体の血を奪っているかのように。
「さて、とりあえずここを去る。ここにいては邪魔になる上、目立つ故」
 

 男に連れられてやってきたのは、他の部屋とは比べものにならないほど地味な部屋だった。
「あらあら?早かったのね。私はまだ出ないわよ?もうちょっとお化粧してからいくわ」
 男に連れられてイネジクが入ると、中にいた女が男にそう声をかけた。
「問題ない。ここへは怪我の治療をしに来ただけだからな」
「治療?ってちょっと!!なにそれ!・・・・・・あぁぁ、もう。包帯なんてこの部屋にあるの?」
「包帯ならそこのシーツを使えばよかろう」
「あとで怒られても知りませんからね!・・・・・・あら?その男の子」
「怪我の原因だ。知り合いか?」
「ほら、あの人のところの庭師さんよ。いえ、もうあの人がいないからだった、というのかもしれないけれど」
「あぁ、そういえばそうか」
 右手に突き刺さったナイフを抜き取り、どこから持ってきたのか、包帯をその手に巻いていく。その間も、男の顔は一瞬も歪むことはなく、まるで痛覚がないか、表情がないかのようだ。主人が仮面野郎と呼んでいたのも頷ける。
「さて、事情を聞こうか」
「事情なんて聞かなくてもわかりますよ。大方あなたがあの人を殺してしまったと思っているんでしょ。・・・・・・勘違いしないで。あの人はこの人を庇ってなくなったの。一体あなたが誰から、どんな風に聞いたのかはわからないけど」
 女が、前半は男に、後半は少年に言葉を向ける。
 その説明に、イネジクはなにが正しいのかわからなくなる。もっとも、主人が殉職してしまった時の状況は伝え聞いただけで、その様子もあまりにも主人らしくなかったので、イネジクもその説明には疑問を抱いていたのだが。
「ぼ、ぼくは、葬儀の時に背の高い軍人さんに教えて貰った」
 イネジクの言葉に、女の顔が急に歪む。
「私は彼女の葬式には出ておらぬゆえ、確かなことは言えぬが。話の流れから、だいたい誰であるかは判断できるな」
「えぇ、間違いないでしょうね。・・・・・・全く、受けた恩も忘れて仇で返すなんて、ほんと、失礼な人ね」
 女はそう憤ると、部屋の中にある机に向かって何かを書き出した。
 つい先ほどまで命を狙っていた相手と放置され、イネジクは居心地が悪くなる。思わず身じろぎすると、男の視線が上から突き刺さった。
「さて、彼女が亡くなり、今こうして時間を無駄に過ごしているということは、少年は今職を失っておるのか」
 男の言葉に小さく頷く。
「ふむ・・・・・・。で、あればうちに来ると良い。いまうちは小姓を求めておる。あれも昼間は私がおらんで暇だという。よければうちに来ないか」
「は・・・・・・、はぁ・・・・・・」
 一体どこの世界につい先ほど右手を突き刺した相手を、なんの処罰もなく自らのテリトリーにいれる人がいるだろう。呆然としていると、イネジクの脳裏にいまは亡き主人の微笑みが浮かんだ。そういえば、あの人もそんな無防備なところの多い人だったな、と思い出す。
「よし、できた・・・・・・!!」
 机に向き直り、何かを書いていた女がその手に紙を持ってイネジクの元へと歩いてくる。
「ねぇ、小さな庭師さん。あなたに変なことを教えたのは、こんな顔の人?」
 女が突き出した紙には、まさに葬儀の時、イネジクに主人の最後を語って聞かせた軍人の顔が描かれていた。
「そ、そう・・・・・・!この人!!」
「む・・・・・・。やはりもっと処罰を厳しくしておけばよかったか・・・・・・」
「いまさら言っても仕方がないでしょ」
「いまからでも」
「遅いわよ。現状、こいつがやったのは大切な人を失って傷心の子供に間違った知識を与えたぐらい。あの人の名誉を傷つけた、という点においては万死に値するけど、なにも形に残っていないもの。裁くことはできないわ」
「残念だ」
 男がちっとも残念そうにない声でいう。
「まぁ、いいわ。次に尻尾を見せた時にコテンパンにしてあげましょ」
「コテンパン・・・・・・?それはいったいどのようなパンだ?人をパンに変えるのか?」
「そんなわけないでしょ!まったく・・・・・・。痛めつけるってことよ」
「なるほど。では次からはそう言ってくれ。それと、この少年をうちで小姓として雇うことにした」
「・・・・・・正気?」
「この少年ももはや当事者だ。むしろうちにいた方が何かと都合が良かろう」
「まぁ、そうだけど」
 イネジクの意思を無視して話は進んで行く。イネジクが呆然としていると、イネジクの方を女が叩いた。
「じゃ、庭師さん。今日からあなたは庭師さんじゃなくて小姓さんね!!」
 とびきりの笑顔でそう言われ、イネジクは思わず頷いてしまった。
 その日から、イネジクの小姓暮らしが始まった。

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