台風

 テレビをつけると、どれだけチャンネルを変えても海上の低気圧のことについての話題ばかりだった。朝、芸能人のスキャンダルだけが一日を乗り切る糧となっている彼にとっては非常に嘆かわしいことに。
 諦めてテレビを切り、昨日の残りを朝食とすると、歯磨き洗顔と続け、テレビの音がないだけのルーチンをこなす。身だしなみを整えると、それまで着ていたジャージからスーツに着替えると出勤準備完了だ。
「さて、今日は午後から雨らしいし、傘・・・・・・いや、合羽の方がいいのか?」
 一人暮らしを初めてすっかり増えてしまった独り言を呟きながら、いつもより少し多い荷物を持って家を出た。

 天気予報を裏切り、10時頃から降り始めた雨は、目の前に滝があるのではないか、というほどの水量で降り続いた。どうせ台風なんていつもよりちょっと風が強くなるだけだろう、と油断していた彼にとって、その迫力は思わず足を止めて見入ってしまうほどだった。
「あ、おい。これ2階まで持って行ってくれるか」
「・・・・・・!はい。わかりました」
 窓の外を見て、少しぼんやりしていた彼を現世に引き戻したのは同じフロアで働いている先輩だ。その手には2階まで持って行って欲しいという書類が抱えられている。
「・・・・・・重そうですね」
「大丈夫大丈夫。じゃ、よろしく頼んだから」
 そう言って爽やかに笑う先輩は普段からかなり鍛えているらしい。風の噂に聞くところでは学生時代は何かのインターハイで優勝したらしい。そんな先輩のいうことなので、本当に大丈夫かどうかはあてにならない。
 先輩から書類を受け取ると、その重さに思わず呻いてしまった。やはり重い。
 この荷物を渡してきた先輩を恨めしく思うが、その先輩は別の仕事があるのか、早くも姿を消してしまっている。
 ため息とともに書類を持ちエレベーターに乗る。
「2階2階・・・・・・っと」
 降りる2階のボタンを押すために一度書類を置き、2階のボタンを押す。彼の他に誰も乗ることなく、やがて扉が閉まり彼を2階まで運んでいく。2階で降りると再び書類を持たなければいけない。それまで腕を休めていると、いきなりエレベーター内の電気が切れた。
「・・・・・・え?」
 突然のことに混乱し、エレベーターの『開』と書かれたボタンを連打する。
「と、そうだ、電話」
 冷静になり、ポケットからスマホを取り出すと、それで先輩に電話をかける。
 事情を説明すると、エレベーター内のインターホンを使え、と言われた。先輩の言葉でインターホンの存在を思い出し、管理室に連絡を取る。事情を説明している間に思ったのは、エレベーターのインターホンを初めて使ったな、ということだった。


 台風情報をネットで見てたら、地下に電気室やらがある建物では、そこが浸水するとエレベーターが停止する可能性がるのでエレベーターの使用は控えるように、という注意書きを見て思いついた話。

 地下の電気室が浸水するほどの雨って想像できませんが。

 

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