仕事が終わって

 茜色に染まる空を、揺れる馬車の荷台から見上げる。
 物音を立てれば、御者台にのる男に気づかれるので、物音を立てるわけにはいかない。
 リンメは一仕事終えた後の気だるさに身を預けながら、右手の中にある仕事の成果を握りしめる。状況は二転三転したが、どうにかこの手につかみとることができた。後はこれを依頼主に届けるだけだ。
『今回もどうにかうまくいったな。まぁ、さすがに宝石を奪う直前で男装野郎が来た時は面倒なことになったと思ったが』
 リンメしかいないはずの荷台に、リンメ以外の声がした。普通であれば恐ろしい状況であるが、荷台で寝転がるリンメに恐れる気配はない。リンメは指先で虚空に文字を描く。
『え?男装野郎だと普通?男装女郎にしろ?いいってべつに。それだと微妙に語呂が悪りぃしよ。ま、とにかくこれで厄介なこの案件ともついにおさらばだ。報酬でどんな豪遊するか妄想してていいか?』
 虚空から響く声に応えるようにして、リンメが再び指先で宙に文字を書く。
『いいじゃねぇか、べつによ。それより、今回は俺への分け前も弾んでくれよ?俺、今回は結構役に立ったと思うんだよ。だから、ほら、帰ったら俺を実体化した状態で娼館に放置してくれ!!金はそんなにいらねぇから!一度入ったら後はどうにかするから!頼む!!』
 宙に浮かぶ声が必死にリンメに頼み込む。が、リンメも慣れたもので、一向に調子を変えることなく指先を躍らすようにして文字を綴る。
『大丈夫だって、一回目みたいなヘマはしねぇから!!頼むよ!今回はいい働きしたろ?!べつに俺につき合って娼館に入れっていってんじゃねぇんだからさ!!』
 と、そこで、空からの声を聞きとがめたかのように馬車が停止した。
「・・・・・・うるさい。それ以上注文をつけるようなら、壺の中にまた放り込んで一週間。まだまだ壺の中の無視と仲良くなりたいとみなすぞ」
 リンメはそう口にすると、勢い良く立ち上がった。停止した馬車の御者が立ち上がり、荷台を覗き込む気配がしたからだ。振り返り、御者台に向かって走る。ちょうどその時、御者台に登り、荷台を覗き込んできた行商人がリンメを見つけた。
「なっ・・・・・・!!」
「ここまでありがと!楽できたよ!!」
「無賃乗車・・・・・・!!金払え!!」
「そんな金はない!!」
 馬車の荷台から御者台を経由して、地面に降り立ったリンメは、馬車が進んでいた街道をそれ、未整備の林の中へと駆け込む。
 しばらく走り、馬車を引いていた行商人が追ってきていないことを確認すると、安堵のため息を吐く。そこに先ほどまで走っていたことによる息の乱れは一切ない。
「まぁ、ここまでくれば依頼主の屋敷まではそんなに離れてないし、歩いても日が沈むまでには帰れるな」
『娼館〜!裸の女〜』
「ぐだぐだうるせぇよ・・・・・・。よし、わかった」
『わかってくれたか!!』
 リンメが荷台に乗っていた頃から話しかけていた声が、喜色で色づく。
「あぁ、わかった。・・・・・・お前は虫と戯れるのが好きらしい。安心しろ。全部メスにしてやる」
『そ、そうじゃねぇよ!!頼む!それだけは勘弁してくれ!!』
「んんー。どうしよっかなぁ」
 余人がそばにいれば、ひたすら独り言を言っているようにしか見えないリンメは、森の中を歩く。目的地は手の中にある宝石を奪ってくるように依頼してきた貴族の屋敷。依頼された時の様子から判断するに、おそらく報酬の踏み倒しはないと思うが、そこまで油断するわけにはいかない。報酬をもらうまでが盗賊稼業、と自分に言い聞かせ、森の中をひたすら歩いていく。

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