秋の1日

「おぉ、今年ももうすっかり秋だなぁ」
 ドトウィがつぶやきながら見る先には、窓に立て掛けるようにしておいてある格子がある。その格子には糸瓜のツルが巻き付き、地面に近い所の葉は茶色くなり枯れてしまっているが、格子の中ほどでは立派な糸瓜の実があった。ドトウィの家の秋の風物詩だ。近くに越してきた異国人の家で見、教えてもらったのだが、夏はそれで陽の光を遮ってくれるのでなかなか助かっている。おかげで今年の夏も精霊に日除けの加護を注文しなくて済んだ。
「お、ドトウィ。おかえり」
 ドトウィが家の外から糸瓜を眺めていると、家の玄関をくぐってムクダウが現れた。ドトウィとルームシェアする男友達で、その翼で家の調度品を壊すことを除けばいい同居人だ。なにより料理が上手いのがいい。
「ただいま。これからどっか行くのかい?」
「あぁ、この糸瓜を売りに行くんだよ」
 ムクダウの言葉に、ドトウィはなるほど、と思う。確かに糸瓜もすっかり育ったので、そろそろ糸瓜の実を売りに行ってもいいだろう。
「そうか、気を付けて行ってこいよ」
「何言ってんだ。お前も行くんだよ」
「えぇ?いまからいくのか?俺さっき帰ってきたばっかりだぜ?」
「バカだな。だから行くんだよ。あんた家に入っちゃうとそっから一歩も動かなくなるじゃないか。だから私はあんたが出てくる頃を見計らって家から出てきたんだよ」
「はぁ、確かに俺は家に入るともう二度と出ていかないね。よし、わかった。じゃあちょっと荷物置いてくるよ」
「おう、行ってこい」
 ドトウィが荷物を置くために家の方へ向かうと、その後ろ襟を誰かに掴まれた。歩き出そうとしていた所に後ろ襟を掴まれたので、首が締まる。足を止め、少し後退すると首が解放され息ができるようになる。そしてまた足を進めると、また首が絞まった。少し後退して、息ができるようになってから振り返る。
「なにするんだ。家の中に行けないだろ」
「そうだよ。あんた家の中に入ったらもう出てこないじゃないか」
「じゃあ、この荷物どうするんだよ」
 ドトウィの手には書類の入った手提げカバンがある。
「持っていきゃいいじゃないか」
「重いよ」
「じゃあ私が持って入るよ。あんたはここでまっててくれよ」
「ふむ。確かにそうだ」
 ドトウィが荷物をムクダウに渡す。すると荷物を受け取ったムクダウが荷物に引っ張られるようにつんのめった。
「重いねこれ!?一体何が入ってるんだい」
「なんでもいいじゃないさ。仕事で必要な書類だよ」
「そうかい?ほんとにそれだけかい?」
「あとちょっと筋トレ用の重り」
「そんなもん入れてんの!?まぁいいや。じゃ、ちょっとここで待っててよ?」
 足元を指差し、そこで待つようにドトウィにいうと、ドトウィの荷物を持ったムクダウが家に向かって歩いていく。すると、その後ろをドトウィが付いて行った。
 足音を不審に思ったムクダウが振り返る。すると、そこにはドトウィの姿が。
「なんで付いてきてんの?!そこで待てって言ったじゃん!」
「?だから待ってるじゃないか。さっき指差したのはムクダウの正面だろ?だったらムクダウの前に行かなきゃいけないじゃないさ」
「そうじゃないよ。私はさっきあの場所で待てって言ったんだ。私の正面じゃなくて、あの場所でだよ」
「あぁ、あれはムクダウの正面じゃなかったのか」
「まぁいいや。とにかく、私が家に行って、荷物を置いて帰ってくるまでここで動くんじゃないよ?」
「家に何を言うんだい?」
「そうじゃない。家に戻ってくるって言ってんだ。そんなことはいいから、ここから一歩も動くなよ?」
「はいはい」
 ムクダウが家に入るのを見届けたドトウィは先ほど家に帰って時と同じように糸瓜を見つめた。植えた時はそこまで大きくなかった糸瓜も、年をおうごとにその大きさを増し、今ではすっかり格子を覆っている。
「ドトウィ!!ドトウィ!!ちょっと来てくれ!!」
「それは無理だよ!だってさっきこっから一歩も動くなってムクダウが言ったじゃないか!!」
「そんなことはいいんだよ!いいからちょっとこっちにきてくれ!!」
 これはただ事ではないと思ったドトウィが家に入ると、玄関からそれほど離れていないところでムクダウが天井で羽ばたいていた。
「何をしてるんだ」
「蛇!へびだよ!そこにいるだろ」
 ムクダウの指差す先を見ると、確かにそこにはへびがとぐろを巻いていた。
「確かにへびだ」
「はやく追い払ってくれよ」
 ドトウィはへびを掴むとそれを窓の外に放り出した。それを見届けたムクダウは地面に降り立ち、一つため息。
「いや助かった。さて、じゃあ糸瓜を売りに行こうか」
「いや、それは無理だよ」
「無理?どうしてだい」
「だって家の中に入っちゃったもの。1日1回しか家の外に出ちゃいけないっていう精霊のかごがあるから、もう出ていけないよ」
「あぁ・・・・・・」
 ムクダウはがっくりとうなだれると、家の中へ歩き去って行った。

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