新米兵士たちの日常

 上からは空にある太陽の光が降り注ぎ、下からは太陽光を吸収した地面の熱気が立ちのぼってくる。上下からの熱に声にならない悲鳴をあげながら、土で固められた人工の大地の上を、若い兵士たちが走っている。コースは土で固められた場所と、芝生が植えられた場所の境。
「これ、ぜ、ぜったい・・・・・・、きょ、きょうかんの・・・・・・うさばらし・・・・・・だよな」
「はッ・・・・・・!!なにを今更・・・・・・!!そうだよ。なんて言っても、昨日隣の部屋のやつが振られてるのを目撃してるからな。今回ばかりは間違いねぇよ・・・・・・!!」
「そこ!!なにを喋っておるか!!貴様らにそんな自由を許可した覚えはないぞ!!ぉらぁ!!テメェ!!なに羽使って楽してやがる!!・・・・・・なに?他のやつより羽がある分体が重い?!テメェは羽を怪我して戦場から逃げ帰る時にも同じこと言うのか!!」
 走りながら話していた兵士と、叱りつけられた翼のある兵士が、びくり、と体を竦ませ、走る、という行為に集中する。
 それは、昼前から始められ、これ以上走っていては、昼飯を食べ損ねてしまう、と外で走っていた者全員が思い始めた頃だった。


 結局、走っていた兵士たちは着替えていては食堂が閉まってしまうということで、走っていた格好そのままで食堂で食事をとることになった。
 走ってかいた汗を流すことなく食堂に入ったのだから、当然汗臭い。食堂に入った瞬間に、まだ食堂で食事をとっていた人々の咎めるような視線がいたい。が、その視線に押し負けたのでは昼食代は自分持ちになってしまう。冷たい視線を肩を小さくしつつ受け流し、無事に席についてスプーンを手に取った時は、思わず皆の口から安堵のため息がでた。
「・・・・・・で?どういうことだ?本当にあいつが振られるのを見たのか?」
 椅子に座り、コップに注いだ水を飲んで一息つくと、口から出るのは今日散々走ることになった原因のことだ。
「あぁ、間違いねぇよ。昨日の夕方、銃の手入れ終わらして、鍵を返しに行く時に聞いたらしいぜ」
 今まで自分たちを走らせていた鬼教官を思い浮かべた。三十代前半。今が最も活躍できる時期であり、時折言いつけられる今日のようなシゴキさえなければ、頼れる上官である。ルックスは、まぁ、中の中。仕事で鍛えられた体を除けば、どこにでもいるような顔立ちだ。
 続けて思い浮かべるのは、その上官が思いを寄せる相手。時々この基地に立ち寄っては、新兵とはとても縁遠い場所の階級の人間が過ごす部屋で入っていく女騎士だ。その格好は魔法でコーティングされ、従来の頑強さを一切損なうことなく圧倒的に軽量化された甲冑姿。
「まったく・・・・・・ウチの上官の無謀っぷりにも呆れるよな。あの騎士殿はどう考えても高嶺の華だろ。摘みに行ってたら命落とすぜ」
「まったくだよな」
「っていうか今更だけどどうしてわざわざ騎士と兵士を分けてるんだ?面倒じゃないか?」
「お前・・・・・・。それこの前の座学で言ってたろ。騎士は王族の身辺警護やら公にできない秘密任務をこなすのが仕事で、兵士は領域侵犯やら大規模な災害が起こった時の備えだってよ。ほんとうにお前座学聞いてないのな」
「さすが主席。まめに授業を聞いてるな。まぁ、俺は?そのもしもの時のために体を鍛えてるわけで、別に座学の方はいいんだよ」
「今回の体力測定でもオルティスに負けてたみたいだけど?」
「いいんだよ!あいつは!!だいたい龍とのハーフとかいう時点で体力的に圧倒的なアドバンテージ持ちじゃねぇか。あいつに勝てるのは人間じゃねぇよ!!」
「ま、そうだよね・・・・・・。どうして俺たちの期に入ってきたんだろ・・・・・・。ほんとうに面倒。龍の血を持つ奴なんて、一生森の中にこもってたらいいのに」
「・・・・・・前々から思ってたけど、お前、龍に対してやたらと辛辣だよな?」
「そうか?そんなの気にしたことなかったな」
 正面、向かい合うように座っているため、相手の顔は良く見える。そこには、確かに何かを隠している様子は見受けられない。これ以上は追求しても仕方がないなと思い、食事を続けた。
 この世界において、龍害で生まれ故郷をなくすものは数知れないし、それをきっかけに龍を恨む者も、また同じく数知れない。もっとも、数が多いからといって、すべての人を一緒くたに考えていいわけでは断じてないが。それでも、龍害をきっかけに兵士になろうと志す者が多いのも事実だ。
 きっとこいつもそうなんだろうな、と思い、だいぶ遅くなった食事を終えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?