黒騎士 最終話

 人間の暮らす地下洞窟。
 それは天頂で常に大陸を見張っている太陽から、人間が身を隠すためのものだ。
 その内の一つ、クローガ村と呼ばれる地下村がある。例に漏れず人間の暮らす集落であり、いまこの時、村の今後を左右する瞬間であった。
「では、これにて今後の方針の話し合いを終わりたいと思います」
 そう言ったのは、クローガ村の広場の中心で、机に座っている一人の女性だ。彼女の言葉を合図に、白髪の男性が立ち上がり、その右手を差し出す。差し出された相手は、ここ、クローガ村では異色の存在である。人間ではない。その全身をなめらかな鱗で覆われたその存在は、リザードマンと呼ばれ、クローガ村にとっては他の村以上に敵対視していた相手だ。
「アぁ、いや、村長殿。リザードマンに対してそれは適切ではない」
 右手を差し出した村長に対して、村長が右手を差し出したリザードマンの隣に座っていた、帽子を被ったリザードマンが右手を突き出して制止する。
「ソのどうさでは我らにいつ右手を握りつぶされても文句は言えんぞ」
 村長が慌てて右手を引くのを見て、広場のはずれで笑った男性がいる。背に銃を担いだその男の名はカルドという。この場を成立させるためにただ一人動いた人間だ。
「この結果は予想外だなぁ・・・・・・」
 正直、カルドはもっともめると思っていた。

「・・・・・・そうか、リザードマン達と交易を持つようにするのか」
 アリアンスの言葉を聞いた村長は、それだけいうとため息をついた。
「やはり血は争えんということかの。村全体としてはかなり複雑ではあるが、あやつの娘であるお前がそう言うなら従おう」
 意外にも、村長はカルドが話を切り出した時とは打って変わって、静かに応じた。カルドを攻め立てたあの剣幕が嘘かと思うほどに。
「ごめんなさい」
 謝るアリアンスも、謝ってはいるが、その表情はすっきりとしたものだ。こちらもカルドに事情を話した時のような、まるで面のような無表情ではない。
 二人のやりとりを見ていた村長が、ちらりとカルドを横目で見る。
「まったく・・・・・・。儂はリザードマンの殲滅を依頼したはずじゃが、まさかあやつらと交易することになろうとは・・・・・・」
 そもそも、クローガ村を出発する時にはリザードマンとこの村が交易を結ぶことを目的に出発していたので、カルドの狙い通りではあった。
「そちらの方がこの村のためになると判断していたので」
 はじめからそのつもりだったことをそれとなく匂わせる。
「それがわかっていたらあなたをこの村から出すことなどせんかったのだが」
 カルドは村長の言葉に何も返さない。カルドの考えていることを話せば、間違いなくクローガ村から出してもらえないことはわかっていた。村を出れないことは、黒騎士を討つことができないことにつながる。
「今更だろ、そんなの」
 カルドは、村長がおとなしくリザードマンとの交易に応じてくれるというので、これ以上することもない。
 村長の部屋から出る。
 カルドのやらなければいけないことはもうない。あとは、リザードマンとこの村が貿易の取り決めを行うまではしっかり見届けるだけだ。それまでは村の外で影を作りそこで銃の手入れや己の修練にあてることにした。地下での暮らしはどんなに通気口を開けていようとも息がつまるのだ。

「ま、村人の感情なんて、村で生活したことない俺にわかるはずなかったよなぁ」
 カルドにとって、何をどうしたいかは全てカルドの意思次第だ。誰かの感情を優先して、己の感情を押し殺すことなどない。自分の感情を押し殺す時は、利益を追求した結果だ。その自分が、村の利益のためと言いリザードマンとの交易の話など進めるべきではなかった。そんなことをするぐらいなら、リザードマンを殲滅すると言いながら、どこか別の場所へ立つべきだったのだ。そちらのほうが、根無し草の自分にはよく似合っている。
 カルドの目の前で、クローガ村の村長と、リザードマンのガガリゲが小指を絡ませた。
 それを見たカルドは、たがいに生活の拠点の長であるもの同士の覚悟のようなものを感じた。その光景が、天頂を見ることよりも眩しく感じたカルドは、広場に背を向け歩き出した。

「イくのか」
 背中からかけられた言葉は特徴的な響きを持っていた。
「まぁな。今思えばどうしてさっさとここから出て行かなかったのか自分でもわからねぇよ」
 後ろに誰がいるのかはわかるので振り返る必要はない。
「キをつけろよ。イくら強いといっても、お前の体は人間だ。ナがく日の下を進むのは、自殺行為のようなものだ」
 風が流れる。水場が近くにないここは、風さえも乾燥している。
「いいさ。どうせ待つものもいない身だ。これまでどおり、黒騎士追ってこの大陸を放浪するだけだからな」
 足を前に。目的地は決まっていない。目的にしているものもまた動いているからだ。
 今度は誰からも声をかけられることなく進むことができた。
 
 

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