道に迷って冷や汗流す

 招待状を舞踏会の受付嬢に渡し、舞踏会の本会場となっている大ホールに向かっていると、廊下で男と少年が立ち止まっていた。二人の立ち位置は、少年が男にもたれかかっているようなもの。
 舞踏会というのは名目で、その実、貴族同士の情報交換であったり、主催者が自分の愛娘のお披露目というのがこの国でいう舞踏会の本当の目的だ。今回の舞踏会は貴族同士の情報交換が隠された目的。そのような場所で、あのような目立つことをするとはなんと恐れ知らずなのだ、と呆れ半分、関心半分でその二人の脇を通り抜ける。二人のうち、少年の方はどこかで見たことがあるような気がするのだが、何しろまだ子供だ。接点のある子供といえば、兄の子供と騎士団に所属する友人の子供ぐらい。そのどちらでもない子供に見覚えがある、というのも変な話だ。内心で首を傾げながら、ハオは歩き続ける。
 二人の脇を通り過ぎ、しばらく行った頃に、少年をどこで見たかを思い出し、ハオは立ち止まり振り返った。しかし、振り向いた先に先ほどの二人の姿は既になかった。
「先ほどの子供、あの子の所で働いていた子供か・・・・・・」
 共に戦った戦場で、戦場に咲いた一輪の花のように華々しく戦っていた女将軍を思い出す。
 その戦場で上官の男をかばって戦死したと聞いているが、あの様子だと無事に新しい雇い主に巡り会えたようだ。葬儀の際、執事と思われる老紳士のそばで、うつむき、色が変わるほど握りしめられていた手が印象的だったと今更になって思い出す。
 それにしても、どうして舞踏会の会場にいたのだろう?新しい雇い主が顔見せに連れてきたのだろうか?わざわざ小姓の顔見せなど聞いたことがないが・・・・・・。
 物思いにふけり、正面をまともに見ることなく歩いていたため、ハオは自身に近づくものに気がつかなかった。そしてそのまま歩き続け、歩いていた速度そのままでぶつかってしまう。
「な、なんだぁ?」
 その時になってようやく正面のものに気がつくハオ。
 見上げた先、そこにはブロンズでできた人物像が。胸を張り、偉そうなヒゲを生やしたその顔は、今回舞踏会の招待状を送ってきた貴族。その父親のものだ。
 家督を継いだ後も、既に引退したこのブロンズ像は残したようだ。・・・・・・もっとも、場所は庭の中央から移したようだが。
 さて、現在地はどこだ、と周囲を見渡すハオ。大ホールを目指して歩いていたはずだが、どこで道を間違えたのか、今いる場所は薄暗い通路のど真ん中。壁には数メートル感覚で壁にロウソクが掲げられており、その感覚の広さがこの薄暗さを演出しているのだとわかった。ところが、わかったことといえばそれだけで、現在地の手がかりになるようなものは何もなかった。
 これはまずいことになった、とハオはジトリ、と嫌な汗が流れるのを感じる。貴族の持っている屋敷にはどこに機密があるのかわからない。うっかりそれを掴んでしまえば、その家に対して強気な要求ができるかもしれない。できるかもしれないが、それはうまく生きて帰れた時のことだ。この状況ではその望みは薄い。何しろ敵地に何の前準備もすることなく単身で乗り込んだようなものだ。いつどこから攻撃されるかわからない。
 舞踏会で人を呼ぶような場所であるので、家の機密に関わるようなものはないはずだ、と自分に言い聞かせながら、もと来た道へ引き返す。上の空の状態でここまでこられたのだ。罠の類はないと思いながらも、慎重に歩く。
 ふと、ハオの足が何かを蹴った。
 今ハオが立っているのはちょうどロウソクとロウソクの間であり、暗闇がもっとも深いところだ。
 立ち止まり、蹴ったものを拾い上げる。
「冷たい・・・・・・?」
 触った時、手は冷たさを訴えかけてきた。正体をなんとなく察しつつも、掴み上げたそれを暗がりの中で必死に目を凝らして正体を探る。
 そこには、ハオが想像した通りのものがあった。
「氷・・・・・・?でもどうしてこんなところに氷があるんだ・・・・・・?」
 この近くに製氷機があるとも思えない。
 ふとうなじのあたりに冷気を感じた。
「あぁ、そうか、きっとここは大ホールに食事を運ぶルートなんだな。で、これは食膳係が落としたものだ。なるほど、そういうことか。なら、もう大ホールはすぐ近くだな。よかった!せっかく舞踏会にきたのに、踊りの一つもすることなく帰る羽目になるところだった!!」
 言いながら、足早にその場を立ち去る。
 もちろん、ハオも自らが言っている内容を信じたりはしていない。そうしなければいけない、という本能のささやきに従ったまでのことだ。足を速めひたすら何も起こらないことを祈る。
 初めの変化はロウソクの間隔が短くなったことだ。続いて照明器具がただのロウソクから、ロウソクをガラスで覆ったものになった。ついには廊下で談笑している人を見つけ、そこでようやくハオは歩みを緩めた。
「おや・・・・・・?ハオ?ハオ軍曹ではないですかな?」
 かけられた声の方を向けば、顔見知り程度の老人が立っていた。
「お、おぉぉ。久しぶりだな。あなたもここにきていたのか」
「えぇ、まぁ、私は付き添いなのですが」
「奥様はまだまだ現役ですか」
「今日もまた出会う相手出会う相手と話し込んでますよ」
「それに付き合うあなたも大変ですね」
「いえいえ。引退するまではさんざん勝手をしていたので、この程度のわがままには付き合わないと」
 苦笑する老紳士は、苦笑しながらもどこか幸せそうだ。
「ところで、ハオ軍曹はいまどちらから帰ってこられてのです?」
「いえ、どこということはないです。少しトイレへね」
「そうですか。では、ハオ軍曹も楽しんでください」
「えぇ、そうさせてもらいますよ」
 日常に帰ってきた、という安堵と共に、ハオは大ホールの扉を開いた。

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