黒騎士 8
予想通りの展開に、カルドは思わず天を仰ぎたくなった。
しかし状況がそれを許さない。例え一人一人ならカルドの足元にも及ばない村人とはいえ、今はカルドの周囲に隙間なくいるのだ。村人たちが自分たちの身を顧みずカルドをこの地に沈めるために全力でかかってくれば、さすがのカルドでも無傷でこの場をやり過ごす自身はない。加えてここはクローガ村という、人間が太陽の光から身を守るために作った人工の地下道だ。土地勘のほとんどないカルドが逃げたところで、道に迷うか、先回りされてすぐに捕まってしまうだろう。
「・・・・・・もう一度いっていただけますかな、カルドさん。リザードマンを殲滅してこなかったどころか、憎い相手と貿易をしろ、と老いたワシの耳にはそう聞こえたのですが」
あまりの怒りにだろう。その声を震わせながらクローガ村の村長が言った。その顔は伏せられており、カルドからその表情をうかがい知ることはできない。
「えぇ、間違いないですよ。あなたの聴覚は正常だ。俺は確かにそういったのだから」
村人たちの殺気が膨らむのを全身で感じ、カルドは己の短かかった人生を振り返る。黒騎士に復讐を誓って、死ぬのなら黒騎士に関わって死ぬと思っていたが、まさかこんな辺境の土地で死ぬことになるとは思わなかった。
そこまで考えて、カルドは己の考えを否定する。クローガ村に滞在するきっかけになったのは、輸送隊を襲ってきた黒騎士を迎撃したことだ。それを考えると、黒騎士に関わって死んだと言えるのかもしれない。
(もっとも、やられるにしても素直にやられてやるつもりはないがな)
想定していた事態とはいえ、銃はできれば使いたくない。この過酷な大地で生きている同種族であるし、短い間だったとはいえ、陽の光から守ってもらったのだ。平和的な解決ができればそれが一番いい。
「そうだ。リザードマンを殲滅するよりもリザードマンと交易を行った方がこの村のためになる。だいたい、リザードマンを殲滅したところで、この地に新たな支配種族がこないとも限らない。それよりは、今ここにいるもの同士、互いに協力しあった方が有益だ」
「・・・・・・まったく。そんなことを考えていたのですか。そんな、理想論を」
「理想論を理想で終わらすか、未来にするかは現場の人たちの努力だ。外から見れば、あんたたちは現実から目をそらしてただただ恨みで動いているだけのように見えるぞ」
「相手を憎いと思うこころで動いて何が悪いのです。事実カルドさん、あなたも黒騎士を憎いと思えばこそ、黒騎士討伐を内に抱えて旅をしているのでしょう」
銃を握る手に思わず力が入る。言われるまで意識していなかったが、確かにそうだ。確かに自分も黒騎士を討つことを目的にして旅をしている。ならば、自分と彼らは同類なのだろうか。いや、そうではない。なぜなら、
「確かに、俺は黒騎士を討つことを掲げて放浪の旅をしている。でもな、俺はあんたらとは違う。今まであんたらは相手が意思疎通可能な相手だと知らなかった。だからリザードマンに対する対抗手段が殲滅しかないと思っていた。それは百歩譲って認めてやろう。今はどうだ?リザードマンと交易が可能だと知ってもあんたらはリザードマンへの対応を変えようとしない。相手のことを知ろうと一切していない。そこが俺とあんたらの違いだ」
村人たちに気付かれないように周囲を伺う。相変わらず村人たちの空気は刺々しいままだ。それも当然だろう。なにしろ村人たちを味方にできるようなことをなに一つ言っていない。
(こういうのって苦手なんだよなー。俺基本的に感情的にならんし。いや、正確には長い間感情的になれないっていうか。感情のレベルを保つことができないというか・・・・・・。相手が悪かったなぁ。もっと冷静に損得感情で動ける相手だったらよかったんだが)
少なくとも、北の国で話すことになった商人たちはもっと話がわかったし、リザードマンもこちらの条件をすべて飲んでくれた。もっとも、リザードマンは代表代理を任されていたシェシェリが面倒になったから、という理由で丸投げしたことが要因なのだが。
「みんな、なにしているの」
そんなとき、村人たちの輪の外側から、今この場所でもっとも欲しい声音がきた。冷静な、あるいは怒りのあまり感情が声に現れていない声音だ。
カルドが考えるに、輪の外側にいる、ということは前者だろう。輪の外側にいる村人の誰かに状況は教えられたかもしれないが、表面上だけでも冷静な相手の方がカルドとしてもやりやすい。
声の主が、村人たちの間を割りながらカルドの方へと進んでくる。
「・・・・・・お前か、アリアンス」
「えぇ、私ですよカルドさん」
アリアンスは、カルドを見て一度微笑むと、体を回し、村人たちの方に向き直った。
「はい!みなさん!カルドさんの持って来た話は私が受けるので、みなさんはそれぞれ仕事に戻ってください!!」
外から来たカルドが見るに、クローガ村は男社会だ。そんな中で、アリアンスという女性が村人たちに意見するのは無謀に思えた。越権行為として村長ないし、他の村人たちに後でなんらかの処罰を言い渡される可能性もある。
しかし、カルドの予想に反して、村人たちは数を減らしていき、やがてクローガ村の広場に残ったのはカルドとアリアンスのみとなった。広場を去った人の中に村長もいたことにカルドは眉を寄せた。今カルドが話しているのは、村の今後を決める大事な事だ。その事からただの村人だけでなく、村長すらも立ち去ったのはどういうことか。
「アリアンス、この村の本当の村長は……」
「いえいえ、勘違いしないでください!!この村の村長は間違いなくさっきまでここにいたあの人ですよ!ただ、リザードマン相手の事となると、私の発言権が増すんです!!」
それはいったいどういう事か、と聞く前に、アリアンスが半身を引き、道を開けた。
「まぁ、そんな話はこんな開けた場所でするものではありません!もしも誰かに聞かれたらその人に悪いので!!」
アリアンスの後に続き、カルドはクローガ村の奥へと歩く。
洞窟の中を照らす精霊光のみが光源だ。しかし、他に入ってくる光もない地下という環境では、その光だけで十分だ。
「そろそろ話してくれてもいいんじゃないか」
先を進むアリアンスは、未だに止まる気配がない。歩き始めた当初は、どこか手近な部屋にでも入って話をするだろうと思っていたカルドは、止まる気配のないアリアンスにかなりの不信感を持ち始めていた。
地下洞窟というのは、土地勘のない人間一人を消してしまうにはこれ以上なく便利なところだ。加えて、クローガ村という場所は陽光大陸でもかなり辺境に位置しており、カルドがこのクローガ村に訪れたと知っている人間はいないだろう。
「そうですね!ではここで話すとしましょう!」
「ここで・・・・・・?」
カルドは周囲を再度見渡す。しかし、そこには何もない。あるのは通路を照らすための精霊光のみだ。これでは誰かが近寄ってくるだけで話の内容は聞かれてしまうだろう。
「心配しないでください!村のみんなには私が受ける、といったので、誰も聴きに来ようとはしません。もし仮に偶然この近くを誰かが通ったとしても、私の声を聞いて遠くへ行くと思います」
「お前は一体どういう立場なんだ」
目の前の少女、といっても過言ではない容姿の女性が、唐突に何か恐ろしいものに見え始めた。カルドは、銃の位置を手で触った確認。いつでも発砲できるようにする。
「そんなに警戒しないでください!私はただの村人ですよ。さっきもいったように、リザードマン相手のこととなると私の発言権が増すだけです」
アリアンスが振り返り、カルドの方を向く。精霊光の照らすその顔には、なんの感情も映っていなかった。無表情。カルドがクローガ村に来てから、アリアンスとは何度か話をしたが、その表情はいつも溌剌としたものであり、こんな表情をするとは思いもしなかった。
「リザードマンが始めて村に襲撃してきたとき、その一番はじめの被害者は私の父親でした。父は、娘の私が言うのもなんですが、皆に頼られ、ゆくゆくはこの村の長としてこの村の発展に力を尽くすことを皆に期待されていました。父も、決して言葉にはしませんでしたが、その期待に応えられるように色々と尽力していたようです」
聴きながら、カルドは眠気をこらえるのに必死だった。正直言って、こういう話はトラブルによく巻き込まれるカルドにとっては聞き飽きたものであったからだ。だから、カルドは、
「あのさ、もういい。お前の父親がなんといってこの村の人間を説得しようとしたかは知らんが、どうせリザードマンと貿易をしようといっていたんだろう。そして交渉の場でやられたか、そうじゃなくて、村に襲撃してきたリザードマンにやられたか・・・・・・。その辺のこともどうでもいい。ようはあんたの父親はリザードマンに殺されたんだろう。そしてあんたらはこういうわけだ。せっかく交易でこの村を発展させようとしてくれたあの男を殺した罪は重い。復讐だってな」
ため息一つ。精霊光に照らされるアリアンスの顔は無表情のままだが、そのことが余計に恐ろしい。言い始めてから気がついたことだが、今この場でアリアンスに逃げられてしまえば、カルドは帰り道がわからないのだ。右手を壁につけた状態で歩き続ければ、いずれは出口にたどり着けようが、それはこちらの命を狙ってくるものがいなければ、の話だ。
「いい加減にこの太陽の下にいない人間に囚われるのはやめた方がいい。どうせなら、父親の意思を引き継ぐ道をとったらどうだ」
「意思を、引き継ぐ・・・・・・」
アリアンスの瞳が揺れた。今までは、頼りにしていたアリアンスの父親を失った悲しみと、奪ったものに対する怒りがこの村に渦巻いていた。新しい風を吹き込むものがいなかったのだろう。皆、死に囚われ、その先のことを考えていなかった。
「そうだ。人はいずれ死ぬ。ならば、残されたものはその意思を引き継ぐか、忘れてその先に進むしかない。その死を抱いたままで生き続けると、いつかその死に自分も飲み込まれる。自分だけならいいが、あんたらは集団で生きているんだ。周りの人間も死に巻き込むのは本意ではないだろう」
カルドがしゃべるのをやめると、周囲は沈黙のみが支配した。
表面上は冷静を装っていたカルドだが、その内心は激しい焦りにあぶられていた。なにせ始めが良くなかった。アリアンスの話を聴き、その心情を少しでも慮るべきだった。あんな風に話を切られたのでは、繋がるはずの信頼もまとめて切ってしまったようなものだ。
沈黙を破ったのは、アリアンスのため息だった。
「そうですね・・・・・・。父の意思を引き継がなくては。そのためにはリザードマンと争うのではなく、リザードマンと貿易を行い、互いに発展すること。わかりましたリザードマンとの貿易を行うようにことを進めましょう」
「い、いいのか・・・・・・?それで・・・・・・」
「交渉をするように持ちかけてきたのはカルドさんですよ?だったら、そんなに戸惑わないでください。こっちが困りますから」
カルドの前で微笑むアリアンスのその表情に力はない。
「ふぅ・・・・・・。じゃあ、そういうことで頼んでいいか」
アリアンスには、リザードマンとの交渉以前に、村人たちの説得を頼まなければいけない。カルド個人としては、リザードマンとの商談よりも、村人たちの説得の方が骨が折れると思っている。
「えぇ。心配ありません。なにしろ私の生まれ育った村で、私の父が将来村長になる村ですから!!その意思はみんなにしっかり引き継がせますよ!」
そう言って笑ったアリアンスの表情は、カルドがこの村に訪れた時に見た、溌剌とした表情だった。
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