しばらく機嫌が悪かったです

 秋もずいぶん深まり、日の登っている時間もだいぶ短くなった。
 太陽の登っている時間が短くなった、ということは必然的に夜が長くなったということであり、それは夜の勤務時間が長くなったということでもある。
「・・・・・・まだこないとか、信じられないんだけど」
 夜の訪れがはやくなり、すっかり暗くなった駅前で一人の少女がイラついたように腿を人差し指で規則的に叩く。腿を叩く手とは逆、左手親指の爪を噛む彼女は、近づきがたい空気を放出している。
 しかし、それを除けば可愛らしい少女だった。荒々しい動作をしていてもその可愛らしさを損なうことはなく、駅前にいるにもかかわらず、誰も目に留めずに素通りしていることが不自然なほどだ。そう、誰も少女に目を留めることはなかった。着ているのはこの界隈では有名な女子校のセーラー服。
「日が落ちてからすぐに集合って言ってたのはあいつじゃないの・・・・・・。待ち合わせ場所もここであってるわよね・・・・・・」
 そう言いながら制服のポケットから取り出すのは一枚の紙切れ。高度情報社会の中にあって、電子機器ではなく、一枚のメモ帳を見るその姿は一見滑稽ですらある。そして目を落とす紙切れの中には、場所と時間が記されている。そこに記されている場所と時間を確認し、後方にある駅の名前を確認。さらに駅の改札に掲げられている壁時計で時間を確認した。
 場所は間違いないし、そこに並ぶ4つの数字はすでに昔のものだ。
 少女の額に青筋が浮かぶ。
「・・・・・・私をこんな体にして、自分は優雅に社長出勤・・・・・・。ほんと、いいご身分ね」
 青筋を浮かべた少女の視線の先では、着崩したスーツにサングラスをかけた男がタクシーから降りてくるところだった。サングラスでは覆い隠せないほどの不機嫌なオーラが立ち込めており、そちらに視線を向けてしまった通りすがりの人は、慌てて別の方向に顔をそらし、関わり合いにならないように努力していた。
 タクシーから降りた男がまっすぐ少女の方に歩いてくる。
「いやぁ、悪い悪い。昨日の夜家に帰ってから『動け!キャンベル城』見始めたら止まらなくなってよ。気が付いたら寝落ちして今まで寝てたわ」
 男の口から出た遅れた理由を聞いた少女は、頭で考えるよりもはやくその右手を拳の形にすると男の腹に叩きつけていた。

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