地底の日常

「・・・・・・つまらん」
 天からの光が届かない地底。代わりに光源となっているのはそこかしこで動く色とりどりの虫の光と、薄ぼんやりと光る赤いものだ。地底に響いた先ほどの言葉を辿れば、ひときわ大きな赤い光にたどり着く。そして、その言葉をきっかけに、地底でうごめいていた赤い光も動きを止める。地底にある赤い光。その光源を目にしたとき、地上にすむものは怯え逃げ出すだろう。なにしろ、その赤い光が漏れているのは、生き物の頭蓋、生前は目があった部分であるからだ。
「つまらんな」
 再び呟かれた言葉に、光が戸惑ったように小さく揺れる。
 先ほどから繰り返しつぶやいているのは、うごめく赤光よりも数十段高いところに設えられた、豪奢な椅子に座っているものだ。赤い光を漏らしているものの例に漏れず、その椅子に座っているものも全身を構成しているものは骨であり、生物であれば当然ある肉体はどこにもなかった。
「やはり戦死者に舞踏会などやらせても陰気なだけだな」
「そんなことを言うのであれば、死後間もないもののほうがよかったのでは?砂漠で亡くなったものたちなので、服は多少ボロいですが、骨だけになったものよりはよほど華やかだと思いますが」
「ふむ・・・・・・。だがそいつはまだ地下での務めを十分に果たしておらんだろう。そのような奴らを使うのは気がすすまん」
「そうですか」
 豪奢な椅子は、座るものの態度から玉座である、ということが察せられる。事実、その椅子に座っている骸骨は、この地底に君臨する王であり、時折地上に現れては砂漠の死者を地底に引きずり込んでいる。地底王としては砂漠に限定しているつもりはかけらもないのだが、近くにある砂漠を中心に地底の労働力を確保しているといつのまにかそんなことになっていた。周りがそう思っているのなら、そのほうが都合がいいと判断し、地底王も周りに合わせて、労働力の確保は砂漠から行うことにしていた。砂漠から逃げ切れば大丈夫だと思っている浅はかな相手の意表をつくにはちょうどいいだろう。もっとも、一度使えばよほどうまくしない限り二度目は使えない奥の手ではある。しかし、これまでに地底王の領土に侵攻しようという不届きものはいなかったので、その奥の手を使う機会があるのかは甚だ疑問だが。
「では、今日はこのあたりで解散としますか」
「うむ」
「はい。解散、かいさーん」
 地底王の後ろで、地底王の次に服装の豊かな骸骨が手を打つと、姿形が様々な骸骨たちは、玉座から見下ろせる広場から徐々にいなくなっていった。広場を去る骸骨たちに、倦怠感ややらされている、と言った後ろ向きな感情は見られない。軽く談笑しながら散っていく彼らにあるのは、地底王の面倒ごとから解放された、という開放感だけだ。そこには、地上に住む人々が作り出した『地底王』のイメージはどこにもない。
 そこにあるのは、王の指示に従う家臣たちの気楽な姿だけだ。
「ところで」
 地底王の斜め右後ろ。そこに控える骸骨が口を開くと、地底王の肩が上下に揺れた。
「おや、どうやら王もお分かりのようですね。御察しの通りです。次に労働力を確保しに地上に出向くのはいつですか」
「・・・・・・もうよいのではないか?はっきりいって今連れてきてる肉付どもの肉がなくなるまでは。むしろ、どうしてわざわざ肉付どもをさらってくるのかがわからん。奴らは死んでいるくせに疲労を訴えるし、すぐに痛みで作業中断するしで、正直に言って連れてくるメリットが感じられん」
「まぁ、おっしゃる通りです。しかし、奴らをさらってくるのはなにも労働力としてではありません。むしろ本当の目的は、死んで間もないものを地下へ連れてくることによる、生者たちの地底への畏怖。それこそが本当の目的です。そうすることで我々は一種の宗教になっているんです」
「は・・・・・・?どういうことだ」
「おや・・・・・・?ご存知ない?地上では我々が砂漠で死んだものを連れり、地底で労働に従事させていると言われているんですよ。なんでも砂漠で死ぬと、その日の夜砂を割って骨の馬の曳く馬車に乗って地底王が現われる。馬車の後ろには砂漠で死んだものたちを縛り付け、砂漠の死体を回収しに現われる。とかなんとか」
「・・・・・・いや、まぁ確かに砂漠の死体を厚めにいってたが、その時は一人で砂の中に引きずり込んでたぞ。少なくとも馬車に乗って地上にでて行ったことなどないのだが」
「まぁまぁ。世の中どのような行動も世に広がるにつれ、多少尾びれ背びれ時には胸ビレまでつくもの。地上のことなどきにせずに、王は王らしく振舞えば良いのです」
「そういうものか」
 どこか疑問を覚えつつも、地底王は一応の納得をする。
「が、地上に浮上するのはまだだ。これ以上生臭くなってはかなわん」
「生臭くって・・・・・・。王よ、あなた嗅覚ないでしょう」
「嗅覚の問題ではない。死体に肉がついているとその腐臭を想像してしまうのだ」
「あぁ・・・・・・その感覚はわかります」
「よって、今しばらく地上へは出向かん」
「はっ、お望みのままに!!」
「さて、では早速生臭い奴らの仕事ぶりを確認しに行くとするか」
 地底王が立ち上がり、階段を降りて行く。
 今日も地底は労働力労働力の水増しを行わないことが決定した。それはすなわち、地上で語り継がれる神話が更新されない、ということだ。
 そのことに、人知れず安堵しているものが、この地下に一人いた。
 その一人は、今日も王の一歩後ろを歩き、王が地上に向かわないように様々な虚言を織り交ぜ、王を地底に引き止める。

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