暁の空に初心を思い出す

 二日酔いで痛む頭を抱えながら酒場を出ると、そこにはすでに暁の空が目の前にあった。
 東から生まれたばかりの太陽光が、目の奥を照らすようで心地よい。
「ぬぁぁぁ。もう朝かよ。って今何時だ・・・・・・」
 太陽光を浴び、次第に意識が覚醒していくのを全身で感じるイーヘルの後ろで、野太い男の声が響いた。正確な時間はわかっていないが、朝のまだ早い時間である、ということはわかっているのか、その声はいつもよりも抑えられている。
 腕時計を確認。
「午前5時」
 文字盤が示す時間をイーヘルが告げてやるのと、後ろのテニンがイーヘルの隣にやってくるのは同時だった。
「もう五時か・・・・・・。仕事までそんなに時間がないな。一旦家に帰ってシャワー浴びて、着替えたらもう仕事か」
 テニンがこの後の予定を軽くなぞり、イーヘルもそれに同意の動きで返す。
「まぁ、昨日みたいに危ない仕事じゃない上、昨日みたいに誰かを待たせてるわけでもない。今日ぐらいはゆっくりでいいぞ」
「いやいや。そういうわけにはいかん。ヘルはそんなこと言っても、時間どうりに広場に来て、俺がくるのを待つだろう。今日・・・・・・いや、もう昨日だな。昨日仕事が終わっておごってもらったビールのこともある。仕事を始めるのはいつも通りで大丈夫だ」
「そうか?だったらいつも通り、7時に広場な。それからギルドに行って、軽くできそうな仕事探し。オレが二日酔いなんだ。テニンは立ってるのも辛いんじゃないか?」
「いやいや!!なめるなよ?俺はお前とは呑んできた酒の量が違う!昨日飲んだぐらいで二日酔いになどならんわ!!・・・・・・と、言いたいところだが、さすがに昨日は呑みすぎた。ヘルの提案はありがたく受け取らせてもらう」
 また後で、と軽く手を挙げる動作で告げると、テニンは泊まっている宿の方へ歩き去っていく。イーヘルはそれを見送ると、自分も泊まっている宿へ向かって進み始める。
「あぁぁ!くそッ。昨日は本当に呑みすぎたみたいだな・・・・・・。ちょっと水・・・・・・」
 路地へ入り、その奥にある井戸に向かう。周囲を家に囲まれたそこは、このあたりにある家の住民の生活用水だ。いつもであれば、炊事や洗濯ように水を汲む人で溢れている井戸だが、まだ早い、と言える時間の今は、まだ誰も家から出てきていない。
 周囲を見渡し、誰の邪魔にもならないことを確認すると、つるべを落とし、井戸から水を汲む。つるべから手で水を掬い、口に含むと、朝の冷えた水が喉を潤す。
 水を飲んだことで多少眠気と酔いを覚ましたイーヘルは、水をもらった礼になにかできれば、と思い周囲を見渡す。しかしそこは住民の意識が高いのか、草が茂っているということもなく、通りすがりのイーヘルにできそうなことは何もなかった。
 時間があれば、誰かが水を汲みに来た時になにかできることがないかを聞けるのだが、どうやらまだ誰も出てきそうにない。テニンとの待ち合わせの時間もあるので、イーヘルは宿に戻ることにした。
 宿に戻る道を行く。
 まだ早い時間の今は、道を歩く人も少ない。ちらほらと見える人は、その多くが開店準備に追われる店主たちだ。中には見習いと思われる小坊主も見られる。
 小坊主を見て、イーヘルはふと自分が見習いだった頃を思い出す。あの頃は師匠と慕っていた男の元で修行に明け暮れ、いずれはこの人と肩を並べて世界を渡るのだ、と憧れていたものだ。
 その師匠も、ある朝ふといなくなってしまった。
 厩舎の中、ベッドとして使っていた藁の上で戸惑うイーヘルに、宿の主人が師匠からの言伝を告げる。その内容は、もう十分一人でやっていけるから、後は一人でどうにかしろ、というものだった。
 あまりにも突然で、イーヘルの想像していた未来との乖離に、戸惑うばかりだったが、戸惑っていても生活の資金は湧いて出てこない。師匠との暮らしの焼きましをするように、いつも通りギルドに向かい、一人でもどうにかできそうな仕事を探す。
 そんな毎日を送るうちに、いつの間にか仲間と呼べる存在ができ、仕事の幅も増え、ありがたいことにイーヘルを指名して仕事の依頼をしてくれる人も出てきた。
 これまであったことを考えていると、目の前にはイーヘルが止まっている宿。
 そんなに考え込んでいたかな、と自分に苦笑し、まだ開店していない宿の裏手からできるだけ物音を立てないように入る。もっとも、宿から漂ってくるいい匂いで、宿を切り盛りしている主人がもう起きていることはわかっているのだが。
「お!!イーヘル!帰ったか!!熱いスープでも飲むか!?」
 イーヘルが声をかけるまでもなく、イーヘルが帰ってきたことに気がついた主人が厨房から声をかけてくる。
 いつもながらのありがたい配慮に、イーヘルは厨房に向かった。
 さて、今日も1日頑張ろう。

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