宝探し

 太陽が沈み、星々が大地を照らす時間帯。
 風に乗る精霊たちは太陽にあぶられることがなくなり、その顔に緊張の色はない。
 精霊たちの乗る風は、草原の草を揺らし、さわさわと、聴く者の心境によってその印象を変える音を立てる。心穏やかなものにとっては心地よく、後ろめたいものにとっては不気味な音を。
 その草原の中を、草をかき分けながら進んでいくものがあった。草原の草は進んでいくものの背よりも高く、離れたところからでは風が草を撫でているようにしか見えない。
 当然だ。草原の中を進むものはそれを狙って草原の中を進んでいるのだから。
 離れたところで草のこすれ合う音がする。その音が果たして風の立てるものなのか、それとも同胞が立てる音なのか、それとも第三者、こうして草原の中を駆けるに至った元凶が立てるものなのか、それを確かめたい思いにとらわれながらも、必死で駆ける。
 やがて、目の前の草がなくなり、視界が開ける。
 草をかき分け、草原の中をかけてきたことによって荒い息を繰り返しているのは、その顔にヒゲを生やした、小さな男だった。ドワーフのテミアンは草むらの中に突如として現れた広場に視線を回し、そこが目的の場所であるかを確かめる。
 テミアンの目が、広場のほぼ中央にあるものをとらえた。朽ち果て、風が吹くたびに頼りなげに揺れるそれは、古いカカシだ。今では草原だが、元はここが何か作物を育てていた場所であるということを教えてくれる。
 カカシを見つけたテミアンは、ここが目的の地であることに安心し、整った息とともにカカシに近寄っていく。視界の悪い草原の中を、歩くことなく走り周囲を気にしながら進んできたことも忘れて。
 今、テミアンの手がカカシに触れる。
 テミアンは背後から高速で近づく気配に、カカシに伸ばしていた手を引っ込めた。続けて、身を低くして自身に高速で近づく気配をやりすごす。視線を上げ、テミアンを襲ったものが何かを見て確かめる。
「テミアン、なかなか腕を上げたな。さっきの一撃で仕留め切れると思ったが」
 地面に伏せたテミアンに、草むらをかき分ける音とともに、野太い声がかけられる。声のした方を振り返れば、そこにはさきほどテミアンを襲ったものを握ったドワーフの姿がある。
「ヘカウス・・・・・・!!」
「まぁ、まぁそう憎々しげな声を出しなさんな。これも全て運命ってことでよ」
「大地の王に縛られたワシらに運命なんぞあるわけなかろう。外の奴らと酒飲みすぎて、まだ酔ってんのか?」
「へへへ。んなわけねぇ。わしはいつだって大地の王に忠誠を誓っておるだ」
「だったらいいんだけんどよ。・・・・・・んで?ここに来たってことは、オメェもあれが目的できたんだろ?」
「ま、そうなるな」
「はぁ。だったらしようがねぇ。どうせここまで来たんだ。一緒にやろうや」
 そうだな、と言って近づいてきたヘカウスが持っているものに、テミアンは自然と視線が吸い寄せられる。それは先ほどテミアンに向けて投げられたものであり、テミアンが避けたことでカカシにぶつかったものだ。その結果として、カカシは今濡れ、体から酒の芳しい匂いを放っている。
「・・・・・・それ、結構いいもんだろ?もったいねぇなぁ」
「へへ。テメェにぶつけりゃ酔い潰れて宝を独り占めできるからな。ま、結局わしは秘伝の酒を一本まるまる無駄にしちまって、宝もテメェと山分けなんてぇいう最悪の結果になっちまったが」
 テミアンは背中からスコップを下ろし、カカシの足元にスコップの先端を突き刺す。
「その宝も本当にあるとはかぎらねぇんだ。ほんとにオメェは後先考えねぇな」
 へへへ、とヘカウスが酒臭い笑いを浮かべる。ヘカウスもまた背中からスコップを下ろすと、カカシの足元に突き刺す。
「しっかし・・・・・・こんなに聖霊が元気な時間に作業してて大丈夫かね」
「大丈夫だろ。まっとうな奴らは今頃職場で汗水流してるだ」
 違いない、とテミアンは頷くと、それきり二人は口を開かず、一心不乱にカカシの足元を掘り進めていく。
 やがて、ヘカウスのスコップの先端が、土とは違う固いものにぶつかった。固いもの同士がぶつかる音に、ヘカウスとテミアンの動きが止まる。
「今の聞いたか?」
「・・・・・・石じゃねぇか・・・・・・?」
 二人は顔を見合わせると、先ほどよりも速度と勢いを増してスコップを振るう。そしてついに、カカシの足元に鉄製の箱が現れた。
「これじゃな・・・・・・!!」
 テミアンが興奮を抑えきれずに叫ぶ。ヘカウスはテミアンの声に返す余裕もなくただ何度も頷いているだけだ。二人で鉄の箱の蓋をあける。そこには一つの瓶が収められていた。瓶の中にある琥珀色の液体が、瓶の中で穏やかに揺れている。
「・・・・・・こ、これは・・・・・・なんと美しい・・・・・・」
 テミアンの目が琥珀色の液体に吸い寄せられる。手を伸ばせば触れることができるのに、触れることで目の前の宝を現実のものにするのが恐ろしい。近くにいるはずのヘカウスも手を伸ばさないということは同じことを考えているのだろう。
「ほぅ。これが噂に聞くケプケイレスの酒か」
 突如として響いた、これまでいなかったはずの声に、テミアンの意識は夢の世界から引き剥がされる。その声がした時点で、その現実は変えることができないのに、顔を上げて声のした方を見るのが恐ろしい。
「げ、元帥殿・・・・・・」
 顔を上げれば、ヘカウスの背を踏みつけ、高い位置から穴の中を覗き込む男の姿が。その顔にはドワーフの誇りであるヒゲはない。当然だ。その男は人間なのだから。
「よぉ、テミアン。仕事抜け出してこんなところで穴掘りか?できれば職場でそのスコップを振るって欲しかったなぁ」
 ヒゲのない顔で口の端を釣り上げる元帥。ヒゲがないため、一体それがどのような意味を持つのか、テミアンにとってはわからなかったが、どうやら元帥がかなり怒っていることはわかった。そして、普段は穏やかな元帥だが、怒ればかなり恐ろしいということもわかっている。
「この酒は没収!!テミアン、ヘカウスの両名には明日のこの時間までの鉱山での採掘作業を命ずる!!」
「そ、そんな!!」
「異論は聞かん!!わかればさっさと鉱山に向かえ!!」
 その声に抗議の声は届かない、と実感したテミアンが立ち上がり、元帥に蹴り飛ばされたヘカウスともに歩き出す。
「テミアン、ヘカウス!」
 その背中に、元帥から声がかけられた。
 まだ何か言われるのか。そんな恐れを抱きながら二人が振り返ると、元帥が穴の中から取り出した瓶を顔の横に掲げていた。
「罰則が終われば俺の部屋にこい。とっておきの肴を用意しておいてやる」
 元帥は人間にしてはなかなか酒を飲むことで有名だ。アルコールが体に染み渡るのと同じ時間をかけて元帥の言葉を理解した二人は、鉱山に向かって駆け出した。

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