王家医務室の秘密

 白い壁、白い天井。
 目を覚まして飛び込んできた光景に、ここが自分の部屋でないことをどうしようもなく理解した。体を起こそうとして、激しい痛みがウェヌの脇腹を襲った。
 今いるのが自分の部屋でないことは理解していたが、どうして目を覚ましたのが自分の部屋でないのか。それを思い出せなかったウェヌは、脇腹の痛みでここがどこなのかを理解した。
「医務室であるか、ここは・・・・・・」
 起き上がることを諦め、周囲を見渡す。
 御前競技での落馬ということもあり、どうやら充てがわれた病室は帝国でもトップクラスのものらしい。なにしろこれまで誰も使ったことがありませんよ、とウェヌの寝ているシーツは主張しているし、部屋に香る微かな花の匂いがその主張を助勢している。
「狙われたとは言え、落馬するとは情けない・・・・・・」
 ベッドに全身を預け、落馬した時の状況を思い出す。あと一歩、最後の障害物を同じ組の中で最速のタイムで乗り越えようとしたとき、ふと視界の端に光るものが映った。戦場にでたことのないウェヌに馴染みはないが、それが自分を狙っている銃口だ、というのはなぜかわかった。咄嗟に手綱を引き、馬を急制動させたはいいが、放たれた銃弾はその手綱を撃ち抜き、バランスを崩したウェヌは落馬したのだ。
「いやいや、まったく情けないの!」
「うわッ!!」
 目に届く範囲に誰もいないので一人だと思っていたが、突如として響いた声は、ウェヌのその思い込みを否定する。驚いたことで痛む脇腹の痛みに声にならない悲鳴をあげ、痛みが治まってから周囲を見渡す。が、やはりどこにも誰もいない。首をかしげるウェヌ。
「どこを見ておる。ここじゃ、ここ」
 首を傾げるウェヌを馬鹿にするように、再び先ほどの声が響く。
 声のした方へと、傷が痛まない範囲で首を伸ばせば。いた。そこに。
 しかし、ウェヌはそこにいたものを見て戸惑う。確かになにかいるのだが、何がいるのか。それを正しく表現する術をウェヌは持っていなかった。見たままを言えば、それは炎だった。なぜか炎が宙に浮いていたのだ。
「・・・・・・なんであるか、これは・・・・・・」
 炎である、というのは否定できないが、しかしそばにいるウェヌは熱いと思わないし、近くにある寝具が燃える様子もない。
「ふむ。わしがなんであるかなど些細な問題よ。それにしても、主は本当に情けないの!!あの程度で落馬するとは・・・・・・」
「いやいや。むしろ馬に踏みつけられて死んでないだけ上等である」
「はぁ・・・・・・。それが騎士として馬に乗るものの言葉ですか!まったく、本当にあなたは情けないですね!!」
「ほんと、ほんと。情けないったらない・・・・・・」
 突如として響いた二種類の男声。一方は明るく溌剌としたもの。もう一方は陰気で気が滅入るような声。明らかに異なる声質ながら、音源は変わらずそこにある炎から。
「い、いったいどういうカラクリであるか・・・・・・?」
「カラクリも何もあるか。ただわしと同じ人に手綱を握られたものが代わる代わる喋っただけであろう。一妻多夫であるわしら、この愛しい人に体を寄せる同士なれば」
「一妻多夫・・・・・・?体を寄せる同士・・・・・・?」
「あー・・・・・・。まぁ、理解せよとは申さん」
「はぁ。で、いかにして俺に話しかけておられるのであるか?」
「理由なんてないよ・・・・・・。僕たちはもともとここにいた。そこに運び込まれてきたのが君・・・・・・」
「ま、そういうことじゃ」
「そういうことであるか・・・・・・?」
 目の前の炎に次々と話しかけられて、次第に頭が混乱してくるウェヌ。なるほど、もともと彼らがここにいて後からウェヌの方が運び込まれてきた、という理屈はわかった。しかし、尊い人が入るような病室に、こんな存在がいるのはいいのだろうか。少なくとも、病室にこんな存在がいる、というのはマイナスのイメージを与えそうなのだが。事実、ウェヌは早急にここを出たい。
「ふむ。そろそろわしらにマイナスのイメージを抱き始めたようじゃな。では、わしらがここにおる本当の理由を教えてしんぜよう。ぬしの傷はもうない」
「・・・・・・は?」
 炎の言葉がまったく理解できずにマヌケ面を晒すウェヌ。もっとも、そのマヌケ面を見る人はどこにもいないのだが。
「冷静に考えてみよ。御前競技でけが人が出たなどなれば、民に王家の加護の絶対性を主張できんだろうが。よって、王家の加護が働き、公正な試合と、試合参加者が無事に競技を終了することは決定事項。すなわち、今怪我をしているものはどこにもおらん」
「そういうこと。じゃ、短い付き合いだったけど。さよなら」
「いや、さよなら、と言われても困るのである。俺は・・・・・・」
「問答無用・・・・・・。一名様、ご退院ー・・・・・・」
 陰気な声が響いたと思うと、ウェヌは馴染みの酒場に座っていた。
「いっ・・・・・・た・・・・・・くない?」
 体を起こそうとした時に響いた痛みを覚悟したウェヌだったが、覚悟した痛みはいつまでたってもこない。
「おい!ウェヌ!!どうしたんだよ!!御前競技での結果に満足いってねぇってか!?まったく、いつからそんなに向上心に溢れたんだよ!入賞するとこうも変わるかね!?」
「入賞・・・・・・?何を・・・・・・。俺は、落馬して・・・・・・」
「落馬ぁ・・・・・・?はははは!!おいおいウェヌ!御前競技でそんな事故が起こるわけねぇだろ!?いつからそんなこというようになったんだよ!!」
 見覚えのない親友に肩を叩かれ、曖昧な笑みを浮かべるウェヌ。
 肩を叩かれた衝撃で、ウェヌは思い出す。そう、俺は御前競技で入賞し、今こうして初めて会う親友と、初めて訪れる馴染みの店で打ち上げをしているのだ、と。
「うむ・・・・・・。うむ!そうであるな!!いやはや!俺としたことが、入賞したことで欲が出てしまったようである!!しかしその欲はこれからの訓練で昇華させれば良いこと!!より一層の精進をせねばな!!」
「そうこなくっちゃあ!!」
 そして、今回も御前競技は負傷者なしで終わり、王家に隠匿されている禁忌の病室は誰にも知られることなく、王家の絶対性は揺るがない。

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