砂漠で月見

「・・・・・・ここまでする必要あった?」
「ん?何がだい?」
「『ん?何がだい?』じゃないわよ!!他の女ならごまかされるような爽やかスマイル浮かべても、私はごまかされないわよ!?」
「へぇ。他の女の子ならごまかされるっていうことはわかるんだ」
「・・・・・・!!」
 砂と月明かりしかない場所に、二人の男女の声が響く。声が反響するものもないので、声はよく聞こえる。からかわれ、英人のことを叩こうとしてくる佐織の右手を軽く躱す。右手が交わされたことでむくれる沙織の頭を撫でてやれば、顔を真っ赤にした沙織が今度は右足で蹴りを放つ。
「あれ?」
 砂場であり、いつもよりも体勢を崩しやすい環境でいきなり片足立ちをしたものだから、佐織はバランスを崩してしまう。佐織の体が傾く方向に足を動かすことなく移動すると、英人は佐織の体を受け止めた。
「いつもと足場が違うんだから、もうちょっとおとなしくしてくれるかな」
 苦笑と共に英人が言えば、腕の中の佐織は前髪で赤く染まった顔を隠した。そんなことをしても真っ赤に染まった耳は隠れていない。そんなとこが可愛いのだが、と思いつつも口に出すことなく、5つ年下の弟子を腕の中から解放してやる。
 佐織は英人から解放されると、慌てた様子で英人から数歩離れる。
「おいおい・・・・・・。コケるのを助けてやったのにその反応はないだろ?」
 曰く、佐織に言わせれば女の子を満遍なく油断させる笑みを浮かべながらそう言うと、佐織はその眉尻を釣り上げる。
「えぇ!そうですね!!ヒデトが私を受け止めた時にお尻撫でなかったらこんなに逃げることもなかったわよ!!」
「心外だなぁ。きっと何かの偶然だよ」
「そう言うのは勝手だけど、日頃の行いを省みてから言ってよね」
 日頃の行いなど、省みるまでもない。椅子に座っている佐織の肩に手を置き、耳元で囁くようにコーヒーを入れるように指示したり、修行の一環として行っている英人への不意打ちを躱すついでに佐織の尻を触ったり、・・・・・・後はなんだろう。バイクに二人乗りしている時に後ろからきつく抱きつくように指示して胸の感触を楽しんでいることだろうか?
 日頃の行いになんのやましいこともないことを確認した英人が顔を上げ、佐織の方に向く。
「やっぱり抱きとめた時にお尻を撫でたのは偶然じゃないかな?」
「今度コーヒーに毒いれてやる・・・・・・」
「ははは。特別調合にしないと僕に毒は効かないから、市販のものをつかってもダメだよ?」
「魔法使いって厄介だわ」
「今更」
 声に混じってしまった若干の自嘲を悔いるまでもなく、目の前で佐織が傷ついた顔をした。
「さて、時間的にはそろそろだね。せっかく砂漠まで来たのに肝心のものを見逃したんじゃあ、なんのために砂漠まで来たのかわからない。」
 佐織の表情は見なかったことにして、顔を空へ向ける。幸いなことに、そこには雲ひとつない。砂漠ということもあり、余計な光のないいま、空に光る天体を観察するには絶好の場所だ。・・・・・・ただ、夜の砂漠の寒さ。これだけが例外だった。寒いと言っても昼間の砂漠は暑いのだから、それほど寒くはないだろう、と思っていたのだが。
「そう。それよ。どうしていきないり砂漠にまで来たの?いきなりなのはいつも通りだけど、今回は着いてから驚いたわ。移動する前にせめてどこに行くのかぐらいは教えてよ」
 まだ月食の始まっていない空から目を下ろし、佐織の方を向けば、そこにはいつも通りのツインテールに、水色のジャケットを羽織った格好の小柄な女の子がいる。
「だって事前に教えると、現地にたどり着いた時に佐織の驚く顔が見れないだろ?」
「そんな理由でなんの準備もなくあちこち連れて行かれる私の身にもなってほしいわ」
「嘆いてばかりじゃなくて、タダであちこち行けるメリットの方にも目を向けてほしいね」
「そりゃあまぁ、旅費を気にすることなくあちこち行けるのは嬉しいけど。でも、ヒデトの魔法って、移動の時の楽しみがないからなぁ」
 佐織の言葉に英人の頬が引きつる。確かに英人の移動魔法は今いる地点から、目的の場所との距離を無視して移動するものだ。そのため、移動に時間はかからない。その最大の利点を真正面から否定された形だ。
「じゃあ、佐織としてはどんな移動を望んでるんだい?」
「んー?空を飛ぶとか」
「それじゃ国境越えたりする時に領空侵犯で攻撃されちゃうよ」
「え?そうなの?魔法使いの癖に」
「いやいやいや。魔法使いでも結構不自由するもんなんだよ。不可視化して空飛んでもいいけど、それだと佐織には効力がないから、佐織だけ攻撃されちゃうし。あーあ。早く誰かさんが不可視化ぐらいは体得してくれないかなぁ」
「し、しょうがないでしょ!学校の勉強が忙しいの!!」
「まだそんなこと言ってるの?学校の勉強なんてしても、魔法界ではなんの役にも立たないよ?現に今の魔法界統帥もスラム育ちだし」
「あの人は例外中の例外でしょ?ヒデト前にそう言ってたじゃない」
 そうだったか?と首をかしげる。脳裏に浮かべるのは痩せた体に魔法界統帥のシンボルであるローブをまとった男だ。常に魔法を司る大気の流れを追っているその瞳は虚ろで、会うものすべてを恐れさせる。
「まぁ、僕も佐織にあいつみたいな目にはなってほしくないけどね」
 ふと、大気の揺らぎを感じ、空を見上げる。知らず、口元が緩む。
「そんなことを言っている間に本日のメインイベントだ。見たいって言ってただろ?」
 英人がそういえば、佐織は今気がついた、というように目を見開いた。
「いつ聞いてたの?!」
「テレビの前で」
「じゃあ、今回の移動は私のために?」
「ま、そうなるね」
 どうやら月食が見たい、と呟いていたのは無自覚だったらしい。呟いたつもりもないので、今回砂漠まで移動してきたのは、英人の都合だと思っていたようだ。心外である。時には英人も佐織のために行動するというのに。
「ほら、もう始まるよ。ここには君を苛む都市の光はない。ゆっくりと堪能するといい」
 英人は中空に線を描くと、その線の上に体を預ける。すると不思議なことに英人の描いた線は英人の体を受け止めた。仰向けに寝転がった英人は、そこに広がる一面の夜空を目に収める。
「ぐゥッ・・・・・・!!」
 その英人を、突然の衝撃が襲った。衝撃の走った腹を見るまでもない。視界の端では、佐織が英人の腹の上で英人と同様仰向けに寝転がっていた。
 もう少しゆっくり体を預けてくれないかなぁ、と思いつつ、ゆっくりとかけていく月に目を向けた。

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