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音楽史・記事編123.ウィーン・フォルクスオパーと「魔笛」

〇フォルクスオパーの歴史
 ウィーンのオペラ劇場はウィーン国立歌劇場のほかにアン・デア・ウィーン劇場とウィーン・フォルクスオパーがあり、国立歌劇場では原則オペラが上演され、オペレッタでは唯一ヨハン・シュトラウス2世の「こうもり」のみがレパートリーに加えられ、年末年始に上演されています。アン・デア・ウィーン劇場やフォルクスオパーではヨハン・シュトラウスやレハールのオペレッタを中心にモーツァルトの「魔笛」やビゼーの「カルメン」のほかイタリア・オペラの公演、またバレエ公演やミュージカルなどの公演も行われているようです。
 フォルクスオパーは1898年に当時の皇帝フランツ・ヨーゼフの即位50周年を記念し、皇帝記念劇場として建設され、演劇専門の劇場でしたが、後にオペラも上演されるようになったとされます。第2次世界大戦では国立歌劇場が爆撃を受け壊滅的に破壊され使用できなくなり、フォルクスオパーとアン・デア・ウィーン劇場がその代役の役目を果たし、1955年に国立劇場が再開すると、フォルクスオパーはオペラ、オペレッタ、ミュージカルの公演を行うようになり、一時的に国立歌劇場に従属する劇場としての役割を果たすものの、現在では独立した公演を行う劇場となっています。
〇モーツァルトの「魔笛」の純正な和声
 フォルクスオパーでは年末年始にはヨハン・シュトラウスの「こうもり」やモーツァルトの「魔笛」、フンパーデンクの「ヘンゼルとグレーテル」などの公演が行われ、多くのウィーンの子供たちも見に来ています。欧米では美術館でも歌劇場でも子供たちは本物の芸術作品に接しており、おそらくこれらの子供たちはウィーン少年合唱団に入団し、やがて歌手や弦楽器、管楽器などの演奏者に成長して行くのでしょう。モーツァルトの「魔笛」では、序曲で3つのトロンボーンが和音を3回鳴らし、第1幕では3人の侍女がきれいな和声の三重唱を聴かせ、1幕のフィナーレでは3人の童子がやはり美しい和声で三重唱を歌います。これらの和音は全く「うなり」のない純正な和声で歌われ、モーツァルトの晩年の澄んだ響きとなっています。本物の音楽とは何かと問われたとき、純正な3度の和声の美しさをもつ音楽といってもいいのではないかとも思われます。フォルクスオパーの「魔笛」の3人の童子はウィーン少年合唱団員によって演じられますが、3人の童子は純正な和声で歌う努力をしていることが伝わり、日頃少年合唱団では純正律音楽の歌唱法に取り組んでいることが伺えます。
 モーツァルトはミサ曲で作曲した2曲のアニュス・デイを歌劇「フィガロの結婚」のロジーナのアリアに用いています。純正律で歌われるミサ曲を歌劇に転用したということは、歌劇でも純正律で歌うことを前提としていたからと見られます。また、モーツァルトは器楽曲でも教会ソナタというオルガン伴奏の弦楽合奏曲あるいは管楽付き弦楽合奏曲を作曲しており、これらは器楽でも純正律音楽を追求した表れとみることができます。
〇声楽芸術の理解の難しさ
 セバスティアン・バッハによって平均律クラヴィーア曲集が作曲され、自由な転調が可能になったことから音楽は劇的に表現力を広げ、古典派、ロマン派の多様な音楽を生み出しました。しかし、ヨーロッパにおいて平均律の音楽が一般的になったとはいえ純正律の音楽が否定されたわけではなく、ヨーロッパの教会では現代においてもオルガン伴奏のミサ曲やモテットが歌われ人々は純正律の音楽に親しんでいます。一方の日本においては、いたし方ないとはいえ合唱などの音楽教育は平均律で調律されたピアノ伴奏によって行われ、和声においてうなりを生ずる平均律に頼らざるを得ない状況であり、音楽で最も美しい純正な3度の和声を体験することはなかなかありません。
 モーツァルトの時代には平均律で調律されたクラヴィーアは広く普及しており、手軽に家庭で音楽を楽しむことが行われるようになったものの、モーツァルトは「フィガロの結婚」の手紙の二重唱や「魔笛」のパパゲーノとパミーナの二重唱など美しい純正な和声を持った名曲を作曲しています。モーツァルトのオペラやミサ曲などの声楽作品は、最も美しい和声である3度のハーモニーに満ち溢れています。しかし、平均律で調律されたピアノは残念ながら最も美しくあるべき3度の和声において最もうなりを生ずるという欠点があり、モーツァルトはピアノ協奏曲ではピアノに主に旋律を弾かせ、和声は弦楽や木管などのオーケストラに任せるなどの工夫を行い、またシューベルトもピアノ五重奏曲「ます」でピアノは主に旋律を受け持ち、和声を担当するために弦楽にコントラバスを用いています。これらも平均律で転調を行いながらも音楽に純正な和声を響かせようとする作曲者の工夫であるように思われます。
 重唱や合唱において美しいハーモニーを得る方法としては、無伴奏でうなりのない3度や5度のハーモニーを得る訓練を行う、あるいは調性ごとに純正律が可能な電子ピアノを用いてハーモニーを得る方法が考えられます。ウィーンでは子供のころから歌劇場や教会で美しい声楽の響きに触れ、声楽作品は交響曲などの器楽作品とともに親しまれており、日本でも声楽芸術における純正な美しいハーモニーへの新たな取り組みが求められているように思われ、その原点はモーツァルトの声楽作品にあるのではないでしょうか。

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