エーテルの水面 第三話

「変身!」
決意とともに放たれる言葉が一瞬の静寂を切り裂く。不意に霧島は電撃のような刺激が身体に伝わるのを感じとる。駆け巡る電撃の裏にわずかな波動。しかしそれは霧島の肉体をより強靭にするための祝福などではない。
その身に起きたのは変化というにはあまりにも「異変」に近い現象だった。
全身の筋肉が自らをがんじがらめにするように強張り、痛みは神経全てを焼き切らんばかりに暴れ、身体を駆け巡る。霧島の表情は苦悶に歪み、決意は苦痛によって蹂躙されようとしていた。口から溢れる声と赤く鮮やかな血。目に宿した光は決意の固さより苦しみに耐える必死さに輝く。
「ングゥッ!ガハッ!」
装置起動の瞬間に感じた自らの可能性を恨めしく思いながら、この程度の衝撃に「耐える」という反応を示してしまう己の脆弱さに舌打ちをしたくなる。これでは戦うどころではない。
「おやまぁ、先程の威勢でこの様かね?やはり分をわきまえないような輩はクズとして死に果てるが良いさ」
優越を示しながらも侵略者の動きに余裕はない。真に余裕があれば、目の前の愚者をなぶり尊厳を踏みにじり、自らの優越をより確固たるものとして刻むはずだった。時間も余裕もない。自分は想定より遥かに追い込まれている。そのどうしようもない事実が自尊心を掻きまわし、ついた傷から溢れる憎悪が自制心を焼き焦がす。
しかしこの侵略者には分かっている。自制心を失えば、見下し続けてきたこの星の下等生物達と何も変わらないということを。だからこそ、この男を放って先に進むという選択をした。
先へ歩みを進め為にまた振り返る。背後では押し殺したような呻き声と喀血の音が相手の限界を表していた。

全身を襲う苦痛はふとすればその意識さえも焼き尽くす程に強烈。その身を保つよりも心を保たねば全てが消し飛ぶ。霧島に更なる変化が起きるまでの間に彼を支えたのは強固な心だった。

「グヌゥゥ…ァァアアアア゛ッ!」
呻きは次第に自身へ喝を入れる叫びへと変わる。身体を満たす痛みは今までに感じたことのない得体の知れない力へと変わっていく。肉体を通し霧島が知覚したのは、自我を残したまま自身が上書きされていくような感覚だった。正確には肉体の存在を維持したまま別の何かに変化するような感覚を。
肉体そのものの変化に次いで流水の如く流れる力が肉体を覆う。それは身体の外部と内部の狭間、自己と非自己の境界線上を流れていく。
霧島は淡い光に包まれながらその姿を変えていく。
その身は肉体に沿った灰色の軽装甲で覆われ、後頭部から側頭部にかけて二本の細い冠が伸びる。
それはマッスルスーツに似た、それでいてより薄く動きを妨げず、強固な守りを誇るものだった。
装甲の形成を終えた霧島が認識したのは「鎧」だった。肉体を守る為に身を覆うもの。剥き出しの顔は意外にして「守り」があることを感じる。しかも他の部位よりも強固に。理屈は分からないがそれら感じる全てが確かであるという理解は得た。
変身をとげ、不敵な笑みを浮かべる者とそれに身に滾る憎悪をもって応える者。二者は改めて向かい合った。
このままコイツを放ってはおけない。鮮やかな緑の異形はその必要性と共に自制心を溶かし始めていった。もはや自ら何事かを口走るような余裕はない。
霧島は無意識のうちに得物を求め、その手に収めていた。一振りの刀。見た目こそただの無骨な刀だが、その強度は通常武器のそれを越えている。そのことが判断すら通り越し認識に至る。
両者は得物を構え、周囲を満たす緊張が崩れ落ちた構造物を削りとるかのごとく渦巻く。
地を削り出しながら駆け出したのはフォーリナー。蹴りつけたアスファルトはひび割れながら浮き上がる。右腕から伸びた刃が敵の核たるもの、心臓を狙い飛び込む。
「シィエァッ!」
鋭く吠える化け物。
刀を下段に構え走り込む霧島。相手の刃に届くギリギリから切り上げ、それを弾く。勢いをそのままに踏み込み、一刀両断すべく刀を振り下ろす。
敵は右側面に回りながら、左腕から新たな刃を生やし、目の前の命を摘み取ろうと迫る。
相手の動きを察知し、霧島は振り下ろしに合わせて屈み、片手で刀を敵へと薙ぐ。
手応えは虚空へと吸い込まれ、その先を睨み付ける。目は視界全体を捉えつつ、敵の姿とその距離、そしてその動きを常に求めている。今捉えるのは、飛び下がった後、霧島の周囲を大回りに走る緑。
霧島もそれに合わせ、走る。相手が曲線を描きながら撹乱しようとするのに対し、霧島は直線に、敵を目掛けて突き進む。だがその動きはただ単純に追うのではなく、相手の動きが自らの手の範囲外に出る直前に、極端に速く距離を詰める。
真正面からの斬り合いに拮抗を感じたフォーリナーは、その機動力での翻弄を目論んだ。初めて変身したばかりの相手、不慣れな状態での戦闘を強いるならば、慣れるまでの間に仕留めるべきだ。
しかし霧島にその目論見を受け入れるつもりは塵一片ほども無い。彼には自分自身の余裕のなさが分かっている。この身体は力を「付与」された状態に近い。この力は自分のものではなく、また使いこなせてもいない。逆に出力が無理に上げられているため、調整が難しく、柔軟さにも欠ける。
この不利をもってして敵を凌駕するならば、そのペースに乗る訳にはいかない。出力に物を言わせてでも追い付いてみせる。
二人の猛威は、破壊痕の痛々しく残る通りを駆け抜ける。お互いに譲らない戦いが、街並みの傷をより深く広くしていく。
フォーリナーの右前方に現れた霧島は、敵に飛び込みながら左薙ぎに刀を振るう。方向転換の際軸にした足が地面を大きく砕き、斬撃が破片を巻き上げながら周囲にも被害を及ぼしていく。
両腕の刃で刀を受け上に弾き、懐に潜り込もうとする緑の異形。霧島は刀を無理に引き戻し、左刃を刀で右刃を左肘で逸らす。そのまま突進し、刀を身体ごと押し付けながら斬り、左脇へと抜け、背後に回る。
追撃を繰り出そうと踏み込むが、敵は跳躍。霧島の上空を飛ぶ。両腕から切り離し、撃ち込まれる刃を刀で両断する。着地した時にはより大きなブレードが生え変わり、霧島を切り刻もうと迫りくる。
嵐のような苛烈さで襲い来るブレードを全て弾く。しかし反撃の余裕が失われ、徐々に追い込まれていくのを感じる。このブレードをまともに食らい、自分が受けるダメージは如何程のものか。そんなことを真面目に考えている暇もない。
異形が再び飛び上がり、崩れたビルの壁面を蹴り、自由自在に動き回る。地上に向かって飛び込み、その都度霧島にブレードを叩きつける。
刀で受けるも、その衝撃に身体が硬直する。
その隙を見計らい、敵は両ブレードを横に、その背後を左へと斬り抜ける。
初めて受けた大きな傷。その程によって自らの耐久と力を見極める他ない。
想定された致命打。最悪死すら覚悟した。
エリクシル変身によって得た身体は、そんな不安から彼を守っていた。確かに、受けた打撃は大きく重い。だが、表面的な傷は無かった。
「貴様……随分としぶといな……」
忌々しげに毒づくフォーリナー。
「この程度で倒れる訳がない。そしてお前に勝ち目はない」
この世の真理でも言うかのように、きっぱりと告げる。後はこのハッタリが見破られぬうちに敵を倒せば、格好がつくというものだ。
「どこまで行っても不愉快な奴だ。貴様こそ勝ち目などないくせに」
霧島のハッタリに、相手は怒りの色を濃くしながら応える。気圧されてはいけない。気圧されることもない。
しかし、霧島の思考を支配する焦りは、雲が空を覆うかの如く増大していた。
身体が重い。それも異常なまでに。原因は分からない。元からこの身体は変身に適合していない。勢いと幸運に任せ、誤魔化しながら戦った。
そして敵の体色。再生中とおぼしき鮮やかな緑色から、徐々に黄色味を帯び、黒ずんでいく。これだけ戦っても回復しつつあると言うのだろうか。
もはや彼の脳細胞に応援を待つという発想はなく、ここで侵略者を討つことだけが刻み込まれていた。まるで本能でもあるかのように深く。

長い刹那の睨み合いは、痺れを切らした異形の先制によって終止符を打たれる。
右ブレードが袈裟懸けに襲う。霧島は受けるのではなく、左へと刀を振り払うことで応じる。自らが追い込まれていくのを痛感しながら、反撃の糸口を求める。
容赦のない追撃が、左ブレードから霧島の脇腹へと叩き込まれる。目に見えない傷が深々と刻まれるような感覚がよぎる。事実、外傷はなくともダメージがある。二度の被弾によって、この身体の仕組みがようやく見えてきた。その痛みの訴えさえなければ無敵と錯覚するだろう。
よろめきながら後退するも、敵の追撃はなお続く。
三連続の回転斬り、側頭部への蹴り、左腕でブロックするも新たな斬撃が反対側から刀を打つ。自らの手で「受ける」ことができず、刀は脆弱な刃として打ち壊されるばかりだった。
今の霧島に刀の不可思議な制御をする能力は無く、無から生み出された不確かな存在として散ったのだ。
足を踏み締める。拳を握り締める。身体が抱える負荷の重さが、否応なしに実感される。不快感がまとわりつくように、この負荷も拭うことができない。
頭部狙いの突きをかわし、腹部への斬撃をバク転で逃れる。ぎこちない動きによろめきそうになるのをこらえる。
四肢を地に着けた状態から、身体を起こそうと顔を上げる。目の前が真っ暗に、打撃だけが自分の状況を知らせる。追撃の蹴りを顔面に受ける。
蹴り飛ばされた先で、上からの殺意に咄嗟に反応する。地面を無様に転がり、なんとか刺突を回避。起き上がりを素早く、攻勢に出るタイミングを掴もうと足掻く。
振り下ろされるブレードを右足を退き、身体を横にかわす。続く斬り上げを上半身を反らすことで避ける。胸ギリギリをブレードがかする感触が、霧島の心臓を締め付ける。
渾身のタックルを繰り出すため、身を固くする。しかしその一撃すら攻撃に阻まれる。しゃがみながらの回転斬りが足の動きを封じたのだ。
またも地面に転げ、心身共にかかる苦痛は増していく。心なしか、受けたダメージに関係なく、肉体への負荷が大きくなっているように感じる。無理な変身の代償ならば妥当なのだろうが、このまま苦しみに悶えるだけではいられない。
殺意を剥き出しに向かってくる敵。その両腕が振り上げられた瞬間を見計らい、思い切りに蹴りを見舞う。腹部への衝撃はそれなりだったらしい。向かう殺意が弱まり、相手は仕切り直しを計る。
体勢を整えるのはこちらも同じ。再び駆け込む異形を注意深く観察し、対抗する。
右の突きが繰り出される。それと同時に左腕は引かれ、次の一撃があることを知らせる。右突きを左腕で抱え、押し留まろうとする左突きを強引に捕らえ、拘束する。そのまま敵の身体を引き寄せ、頭突き。
折角の攻撃の機会、最も有効な打撃をと思ったはずだった。しかし追い込まれた霧島の思考は、どこか鈍っていたのかもしれない。
彼の頭突きは目の前にそびえる一本の角に、逸らさざるを得ない。どこをどう見たところで見逃すはずのない一角。軌道をずらした一撃は、威力の大半を失い、無意味になる。
「馬鹿が……馬鹿者めが!」
霧島の判断力の低下が、異形の憎悪をより強くさせる。自身よりも劣った存在が抗う様が、今の敵にはより一層目障りに感じる。
「もう終いだ。脆弱を極め、滅びるがいい!」
フォーリナーは全身の力を溜める。それは極限まで引き絞られた弓のごとく、解き放たれればそれだけで必殺となる。その威力は容易に推し量れる。

この一撃、まともに食らえば死ぬだろう。運良く死なずとも、確実に止めが刺される。
予備動作から推定される相手の動き。両ブレードでの右薙ぎ。しかも頭部、正確には首狙い。回避は困難。全身を使って避けるには、もう時間がない。取れる行動。構え直し中の腕を頭部付近まで寄せ、防御。
ここまでの思考に時間などかからなかった。フォーリナーの死刑宣告から既に、どうするべきか考え終えていたようなものだ。後は全身全霊を以て、この必殺の一撃に耐えるのみ。
変身によって得た力。安定せず、自分のものに出来ていない不完全な力。それがどれだけ頼りなくとも、今この時はその秘められた強大さを信じ、最大限に引き出さねばならない。

一切の時間差もなく、二つの衝突音が辺りに響き渡る。すべてを変える鐘の音が。
極限の集中により閉じられていた瞳が、世界へと開かれる。黒い腕、二つの刃。知覚した時には身体が理解していた。
理性的な理解に至る前に、敵に理解される前に、霧島は黒い右腕でブレードをはねのけ、腹部へ全身の力を込めた強烈な一撃を叩き込む。続いて左腕が顔を捉える。衝撃に押される敵に詰め寄り、牙を剥く。
右足の放った蹴りは、異形を吹き飛ばすには十分過ぎる程だった。今、自分の身体に流れる、いや存在する力が馴染んでいるのを、霧島は感じる。
きっとその力は何処からかやってきている。そう漠然と考えていた。だが、この瞬間において、この力は自分のもの、自分自身だ。
気付けば両手両足が、黒い装甲を纏っている。灰色の戦闘服の上から、しかし重ね着をしたような感覚は無く、装甲自身も厚くはないようだ。むしろ肉体の稼働を最適化するために、余計な武装もなくシンプルな形状をしている。
身体中が淡い光に包まれる。その身を守る黒き力が、四肢以外も覆っていく。完全に覆われていなかった肩や腰から胴、胸へと周り、首をそして頭全体を、完全に覆う。
黒い人型の異形が現れる。その黒は煌めく黒でありながら、すべての光を吸い込む深宇宙の黒でもあった。シルエットは灰色の戦士のそれと大差はない。
最も変わって見えるのは頭部。額から後方にかけてまっすぐ延びる角が二本、V字の形を作る。顔全体が装甲で覆われることにより、その表情は一切閉ざされ、夜に輝く月のような双眸だけが相手に語りかける。その殺意を、不屈の闘志を。

想定のすべてをひっくり返されたフォーリナーがようやく起き上がる。
「貴様……適性があったのか…?……あったというのか……」
生気の感じられない空の声がする。起こした体も脱力したようにふらつく。
「さっきの醜態……あれは演技か?手加減か?見くびっていたのか?この私を?」
語気が強くなっていく。体は力むにつれ、震え始める。嫌な予感に、霧島は構える。
「私をォ……私を侮辱したなァ!貴様ァ!!」
傲慢なる怪物は屈辱に身を震わせながら吼える。
「その帰着はもはや被害妄想の域だな」
そのつもりは無かったと遠回しに言ってみるが、それでどうなる相手でもないだろう。そもそも殺し相手に何を言っているのか。屈辱を受けたと言う相手への憐れみなのか。これから殺す相手への同情なのか。
同情。そんなものが有って良いのか。この侵略者が街にもたらした被害を、失われた命を。かける情けは無く、慈悲も無く、ただ殺すのみ。今ここに、人はいない。在るのは二つの異形。

互いに殺意が高まっていくのを感じる。ぶつかり合う殺意の波動は、二つの間に凪を生じさせ、その周辺では塵が逃げるようにして風に流されていく。本人の意図しない物理現象が呼応する。
突如フォーリナーの背後に小さな地割れが起きる。集中力の均衡は崩れ、霧島が圧す。
黒い異形は敵が気付いた時には、拳を繰り出していた。彼が直前までいた地面は、砲弾で撃たれたように抉れ、めくり上がっていた。その軌跡を辿れば、それ以外に足跡が見当たらないことが分かる。初めの一歩で勢いをつけ、恐ろしいほどの軽やかさで距離を詰めたのだ。
「せいッ!」
右腕が捉えるのは敵の胸。そのド真ん中を破砕せんばかりの威力が突き抜ける。身じろぎする敵の姿を確かめ、右腕を引きながら左腕を伸ばす。全く同じ位置に拳が突き刺さる。
「はあッ!」
打たれた胸、その衝撃は胸部周辺だけでなく全身にも伝わる。もちろん直撃した胸ほど手足へのダメージはない。だが防御が難しく厄介だ。連続でダメージを受ければ身体中を負傷し、再起不能になりかねない。ならば取るべき行動は決まっている。
二発の強打を受けながらも、フォーリナーは倒れず襲い掛かる。両腕のブレードを大きく振り上げ、叩き付けんばかりに振り下ろす。ここで敵を怯ませ、そのまま死ぬまで斬りつける。
力強くもその鋭さを失わず、ブレードはギロチンのごとき殺意を帯びる。
「ヌ゛ウゥア゛ッ!」
両肩に落ちた刃の威力、衝撃を感じる。だが怯まない。耐えた瞬間から反撃が始まっていた。
霧島は肩に受けたブレードとそれに繋がる腕を、両腕で捕まえ、抑える。敵が反撃の予感に後ずさるのを許さない。万力に固定されたようにびくともしない腕。怯えたように上半身を反らそうとする緑の異形。
「離せッ!」
「フゥアッ!」
霧島の右膝が異形の腹にめり込む。膝蹴りを見舞う。化け物の体が僅かに宙に浮く。あまりの衝撃に全身が弛緩し、無防備を晒す。
意識すらも許されない状況に、さらなる追い討ちが降りかかる。霧島の腕が左右からフォーリナーの頭を捕まえ、左膝がロケットのように上空へ、異形の頭へ向かって飛んでいく。
「どぉりゃあッ!!」
頭が体を引っ張っていくようにして、フォーリナーが弧を描きながら吹き飛ぶ。蹴りを放った体勢からゆっくりと構え直し、呼吸を整えてまた駆け出す霧島。連続の打撃で完全に動けなくなったところで止めを差す。敵に近付いた段階で、ほぼ真下への突き刺すような下段蹴りを決める。はずだった。
頭部に大きな衝撃を受け、意識が混濁しかけている。フォーリナーは危機的状況を脱するべく、自らを奮い立たせようとする。だが、それには時間がない。追撃までは僅かな時間しかない。そんな判断力すら失った状態でも切り抜けられたのは、ひとえに彼の持つ能力の特性だった。
霧島が蹴りの予備動作に入ろうとする寸前、彼は何かうねりのようなものを、それでいて肌にピリつくような緊張感を覚えた。彼は全ての攻撃に関する選択肢を破棄し、一気に飛び下がり距離を置いた。
フォーリナーの体を中心に緑の雷が猛威を振るう。コンクリートなどの建材が砕ける音と建物の崩壊する音が立て続けに響き渡る。霧島の元にまで伸びる電撃。周囲への放出であるため、威力はそこまで高く感じなかった。しかし侮れない。これほどの余力があったならば、ふとした油断で刺し違えかねない。
ゆらりと立ち上がるフォーリナーの姿。脱力気味に腕が揺れ、上半身は力なく見える。構えるまでの動作全てが緩慢で、隙だらけにしか見えなかった。しかし、この異形の身体に満ちた危険な何かが、攻めの手を押し留めさせる。
爆発的なエネルギーの放出は敵の何かを変えたようだ。いや、変えたのは自分かもしれない。
敵の体は緑の電気を帯びる。消耗した体の回復をかなぐり捨て、全力中の全力で霧島を殺すため。

緑電の異形が弾かれたように動き出す。瞬間的なエネルギー放出を利用し、通常では出来ない高速移動で詰め寄る。その軌跡はまさに稲妻の如く、蛇行と直線が相まった予測不能のものだった。
霧島は連続で繰り出されるブレードを腕で弾く。その攻撃に対応できたのは、腕の振りが高速化していなかったからだ。あくまでこの力は放出によるもの。細かい動作への影響はない。
しかし速度が変わらずとも、威力は明らかに上がっている。物理的な衝撃に加えて襲い掛かる電撃。十分に耐えられるが、このまま勢いを許し続ければ命の保証はない。
肩への斬撃を左腕で弾き、腰への刃を右腕で打ちつける。続く回転斬りを二回転で受け止め、ブレードの上から拳を振り下ろす。
「せやあッ!」
呆気なく砕かれるブレード。腕に打撃を負えば使い物にならなくなる可能性さえある。
「ンヌゥ……グググ……」
跳び下がるフォーリナーは小さな刃を腕から生成しながら反撃する。刃は腕が霧島に向けられるなり飛び出す。遠距離から刃が飛来する。
この身に降り注ぐ刃が帯電していることに気付き、霧島は打ち落とすことに専念する。
相手が防御に移るなり、フォーリナーは生やす刃を大きくし、接近する。刃に溜められたエネルギーは、その強度を上回り、斬りつけた時には自壊しかけていた。
物理的にダメージを負わせにくいが、確実に電撃で霧島を痛めつける。
霧島も守りにだけ甘んじてはいない。相手が遠近の使い分けを行う瞬間を狙い、瞬間跳躍後の下段回し蹴りを放つ。足元を掬われ、倒れた敵に、合わせた両拳を叩き下ろす。
腹部への重打を受けながらも、フォーリナーは腕に集めたエネルギーを解放し、雷を鞭のようにしならせ、思い切り振り回す。
顔面に迫る鞭を紙一重で避け、霧島は跳び上がりながらフォーリナーを蹴り飛ばす。
再び開いた距離を有効活用するべく、敵は鞭のような雷を刃と共に形成する。
 無理矢理にでも距離を詰めようと躍起になる霧島。フォーリナーは一定の距離を離したまま、雷で斬撃を放つ。通り過ぎる度に無数の斬撃を打ち込む姿は、まさに電光。荒れ狂う光が黒き異形を蹂躙する。
 この斬撃はただの腕の振りによるものではない。放出される電撃が瞬間的に往復することによって、一撃あたりに何度も斬りつけているのだ。
 今までの攻撃をなんとか捌き続けていた霧島にも、これは捌き切れない。身に積もるダメージを感じながら、次第に防御の構えすら解けていく。
「結局貴様もその程度かァ!このまま死ぬのかァ!?」
 そして完全に霧島の身体は無防備になり、立ち尽くす。首はうなだれ、立っているのがやっとのようだ。
「そうか、ようやく死ぬか、貴様も。」
 攻撃の手を緩め、なお立ち尽くす霧島を見て侵略者は言う。その口が紡ぐ言葉は、久しぶりに取り戻した愉悦で汚れていた。
「せいぜい誇って死ね。そして先に『あの世』に旅立った仲間に詫びるといい。全ては無駄だったと」
 霧島の目の前に立ち、両腕を前に広げ、何かを受け止めるような姿勢をとる。受け止める何かがあるべき空間に、緑の雷が極小の球になって現れる。
「この惑星に来てから、貴様ほどこの私を怒らせた者は居なかったよ……だがそれも、終わりだァ!」
 別れの言葉と同時に、無数の雷が霧島に襲い掛かる。雷は収束し、射線上のあらゆる物体を掻き消す。塵すらも残さず。

 霧島に雷が直撃する。うなだれたまま死ぬのを待つ。そんなことが誰に出来ようか。最初から死ぬつもりが無くても、つい自らに問いただしたくなる。

 俺が背負っているのは俺自身の命だけじゃない。ここでコイツを逃せば、避難所の人々が大勢死ぬ。もしかしたらそれだけでは済まないかもしれない。
 今ここで倒さなきゃならない。人々の命が、平和な暮らしがかかってるんだ。だったらいくらでも戦える。いくらでも耐えられる。
 そう……自分を信じている。

「ぬぅあああッ!」
 雷は交差した霧島の腕によって受け止められる。
「貴様ァ!まだ耐えるのかァ!ふざけッ!ふざけるなァ!ここで!ここでなのか!」
 雷を放出し続けるフォーリナーの声には、怒りと動揺が混在する。
 黒の異形は敵の全てを受け止め、打ち砕いていく。
「ここでじゃねぇんだ!ここだから!この状況だから耐えるんだよ!」
 霧島は言い返す。
「さあ、化け物!全力で掛かってこい!」
「調子に!乗るなァ!」
 雷の出力がさらに上昇し、激しさを増す。しかし霧島は欠片も怯まず、ただ全ての猛威を無に帰す。
 雷の威力が下がるほど、フォーリナーは焦り、より多くのエネルギーを放出しようとする。そして…
「アグゥアアァァ…!」
 限界を迎えたフォーリナーはその手を突き出したまま、立ち尽くすしかなかった。
 その目の前にいる化け物の目が、殺意に煌めいたように見えたのは、きっと幻覚などではなかったのだろう。
 迫る黒い影は残像を残しながら、近付いた時には全てが終わっていた。
「はあッ!」
 胸を拳が打つ。相変わらずの強力な打撃。抵抗しようと腕を振る。腕は追撃の拳に巻き込まれ、あっさりと関節と逆に折れる。痛みを訴える隙も無い。
「せいッ!」
 繰り出された足が膝を打つ。幸いにして関節は砕けなかったが、どちらにせよ地に膝を着ける羽目になったろう。
「それぇいッ!」
 落ちる体に掌が垂直に落とされる。両肩に受けたチョップが骨格への甚大なダメージを及ぼす。
 崩れ落ちる体、その顎に蹴りがカチ上げられる。全身が浮き上がる。殺意は衰えることなく、浮き上がった体へと容赦無く牙を突き立てる。
 腹部へと見舞われた拳は、ほんの数秒で十を超えた。どれもが重く、殺傷力は十分に感じられた。
「まだだッ!」
 再び地に落ちようとする頭を右手が掴む。空中に吊るされ、またも腹に拳が突き立てられる。下から上への弧を描くような左拳のボディーブローが、三連続で叩き込まれる。
 一連の攻撃の最後に左足の空中回し蹴りが炸裂する。吹き飛ぶ身体を止める物は何も無い。自分自身の身体さえも何も止めてくれない。

 蹴り飛ばした敵を霧島は見据える。全身全霊で起き上がろうとする姿を見て、哀れだと思わない訳ではない。自分の行いを残虐だとも思っている。それでも、どれだけ行いに悪が潜んでいても、戦うしかないのだ。
「これで……終わりだ」
 固く、熱く、拳を握り締める。
 今までの、そしてこれからの決意が握られた拳は、この星に破壊と犠牲をもたらした侵略者に叩き込まれる。
 フォーリナーの体は吹き飛ぶことはなかったが、衝突の瞬間に周囲の建物を巻き込み、崩壊させる程の衝撃が拳から発せられた。それが止めだった。
 力無く崩れ落ちる体。そこには生きる力さえ無かった。
 その体を中心に、爆発が起こる。自らの力を制御できなくなり、体が負荷を超え、爆散する。それが、彼らフォーリナーの最期だ。
 霧島は右腕を突き出したままの姿勢で動かない。いや、動けない。
 戦いの余韻、安堵、疲弊、集中力の断絶。全てが一度に霧島の身体を襲い、意識は途切れる。

 終わった。確かに俺のやるべきことは…



 刀と剣が交わる戦場。その中心で変化起きた。刀使いの変身者は、目の前の出来事に毒づく。
「クソォ!やりやがったな!」
 青黒いフォーリナーの剣により、得物が折られたのだ。そして間髪いれずフォーリナーは変身者を蹴飛ばし、他の二人のフォーリナーに向き合う。

"━エディガンが死んだようだな。"
"目的も果たさず死んだか。まったく度し難い奴だ"
"時間稼ぎは結局無意味だったか。この都市への打撃は少しでも大きくしたかったんだがなぁ"
"もう良いだろう。回収ポイントまで移動。その後空間転移で帰還。作戦は失敗、だが責任は俺達のものじゃない"
"まあ良いだろう"
"やってられんな、あの殺戮狂のせいで失敗とは"

 この会話は地球人に傍受されることはなかった。そしてこの三人は会話中、敵を変身者を虫ケラのようにいなしていた。それまでは接戦だったはずなのにも関わらず。
 これが彼らの時間稼ぎ。所詮地球人は、手の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。ただ歯車が少し狂っただけ。彼らの本気を押し留めるには、まだまだ力足りなかった。

第三話 完