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サバイブしてしまったーNY中学事情3

入学させるときにはあまりに波乱万丈で、ヨッシャかるく10本は書けるなと思った子どもの学校ネタ。その後は案外とスムースで、これといって書くことがないままに最初の学期が終わってしまった、チッ。

いったいどうしてだ。英語は話せないし、社交的なわけでもなく、お年頃のうちの中坊はなぜ生き残れたのか。備忘にいくつか書いておきたい。

最大の要因は非英語話者むけのクラス(ESLとかELLと呼びます)がしっかりと制度化されていること。地域によって差もあるのだろうが、ニューヨーク州では子どもの発達には言語が大事ということでESLにかならずアクセスできることになっている。片手間でなく制度としていろんな語学力の子どもをそれぞれにケアしてくれるのはありがたい。中学生にもなって、英語使用標準で最初から付いてこいと言われたら厳しかったかと。国境を越えて人が往来する時代になにが要るのかを垣間見た。

どうやら学校文化の自由度が高いらしい。けっこう多くのクラスが開講時に契約書みたいなものに死ぬ気でガンバリマスとか誓わされるのでドギマギしたが、あれはいったい何だったのか。宿題やれとか、課題をだせなど外枠だけ確保したあとは、多少ぼんやりしていても、ズレていても特段の矯正もなく。子どもはわりと安心して通学している。

知識注入型でないのもポイントか。宿題をみていると、ライティングが多く、テキストの要約やら問答やらを重ねて理屈を説明するように誘導している。社会科が典型で、地理学とは「地理」をいかにとらえる学問かとかから始まったりする。地図の種類毎の特性を考えさせたり。ええか、この地域の特徴はコレ、おぼえときや的な講義(そんな授業はもうないか)でなく、地理的条件からその地域の特徴を推論したり、説明したり。アメリカ植民の過程を、アクターごとの視点に即して記述させたり、評価させているのもおもしろげだった。さぁこの過程を先住民の側からとコロンブスの側からそれぞれ書きなさい式に。ともあれ知識量が重視されないので、よそから急にやってきたうちの子どもは助かっただろう。ま、子どもが質問にきたものしか見ていないので、これは的外れかもしれぬが。

移民の町なのもありがたかったか。ESLと言ってもみんなが最近渡米したばかりではなく、実はもう2世でずっといますという子もたくさんいる。当然英語の力量にも大きな差があり、うちの子どもはしゃべれない側。それでもコケにされたりはしないらしい。たまたま良い子たちばかりに恵まれるなどということがあるだろうか。人生いろんなステージがあるし、道もいろいろだよねという共通理解があるのかと想像。ラティーノが多いものの、出身地に幅があるのも寛大さの一因か。所得階層が高いようには見えないけれども、相対的にはまずまずの地域なのはおそらく有利なのだろう。

日本での教育も支えになった。ごたぶんにもれず(?)英語は話せないうちの子ながら、日本の公立学校で勉強する読み書きには下支えされているように見える。宿題は全部聞いてくるかと思いきや、そこそこは読めるし、書くしでそれなりに一人でもやっている。授業もなんとなくは分かるらしい。これくらいの学齢だと、文法の下敷きが利くのかもしれない。

急な転勤で中学生の子どもをどうしようと途方に暮れる方もおられるだろうか。サンプル数1ながら、どうもなんとかなるようです。

ひとつお気を付け頂きたいのは、入学してちょっとしてからある英語力プレイスメント試験(?)をまじめに受けないこと(?)。うちの子どもは問われるままに解いてしまい、おぉなんだこいつスコアいいじゃねえかとクラスを上級に上げられてしまいました。最初のクラスの友達は英語つかわない子もいっぱいいたのにぃと、しばらくヒィヒィ言っていました。日本式教育おそるべし、ペーパー試験だとがっつり取れてしまうらしい。話す方とは直結しないので、ESLの先生方はそこのところご勘弁いただきたい。

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