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『ラスト・シャンハイ』の女たち


『ラスト・シャンハイ』は1920~30年代の上海を舞台にした中国大陸・香港合作の犯罪・アクション・ロマンス映画で、実際に当時の上海暗黒街のボスの一人だった杜月笙を主人公のモデルにして描かれている。作品としては全体的に湿っぽい印象が強くて、マフィア映画というよりは、“マフィアが支配していた1920~30年代の上海を舞台にしたアクションロマンス”と思ったほうがいいかもしれない。派手なアクションシーンの後は必ず男女のロマンス。それがこの作品の流れになっている。


作品には実在した人物にインスパイアされたキャラクターがたくさん出てくる。主人公のダーチー、彼と師弟の後に義兄弟の契りを交わすホン、狡猾な軍人のマオ将軍はそれぞれ当時の三大ボスがモデルだという。それからダーチーが若い頃に恋していた京劇役者ジーチウ、ダーチーの力量を認め引き上げるホンの妻などもそうだ。ダーチーが生涯を共にするアーバオにはモデルがいなくて架空のキャラクターなのだけど、個人的には実は彼女が一番面白い。


つぶらな瞳でダーチーを見つめるジーチウは美しいけれど。銃声にわめくジーチウを守りたいとダーチーは思うのだろうけれど。静かな夜に離れた部屋から電話を掛けて、ダーチーがジーチウのレコードを聴いているのがわかったら、何も言わずに切るのがアーバオ。切った後にタバコを持ったまま立っている姿が、ちょっと切ないけれど。その一瞬のイメージはとても美しく見える。ジーチウがダーチーの前に再び現れて、彼がジーチウを選びはしないかと気になりながらも、それでも私はあなたを愛してますから、ということを行動で示す女性。しなやかな強さを持ったキャラクターである。


私の考える、マフィア映画で光る女性は援護射撃が得意なスナイパーか突き抜けて尽くす人なのだけど、(なかなかいない。知らないだけかな)

アーバオはダーチーが動きやすいように、自ら敵の望み通り懐に入っていくほど突き抜けていて、ラストで彼を守るために敵を撃つからスナイパー的なこともする。理想の要素を二つとも持っている。尽くす相手にも不足はない。それはとても重要だ。自分の立場と役割を十分理解した上で、自分の意思で相手に尽くすというのは潔いし、かっこいいし、弱い人間にはできないと思う。そこには尊厳と信頼があって、プライドを捨てて尽くすのとは違う。(マフィアが舞台だとそれが光ると思うんだけどな)


物語のラスト、ダーチーはジーチウを逃してアーバオと共に最期を迎える。軍に包囲されて車ごと蜂の巣にされる様子は、音だけ聞くと爆竹に包まれているようにも聴こえて、暗黒街のボスの圧巻の最期を演出している。実際のところは、杜月笙は五人目の妻としてジーチウのモデルである孟小冬を迎え、その一年後にアヘン中毒から健康を害し、内戦を逃れて来た香港でこの世を去る。晩年には暗黒街を支配していた時のような勢いはなく、その死はもっと静かなものだったかも知れない。


この映画は大作だと思うし、街並みや部屋のインテリアなど当時の再現もとても美しい。アクションとロマンスが間延びするところがたまに気になるけど、もしかしたらマフィア映画に興味はあるけど、まだ観たことがないという人のほうが楽しめるかも知れない。良くも悪くも魅力的な上海の暗黒街を覗いてみたい人に、この映画をおすすめしておきます。




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