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『毒戦 Believer』が傑作だと思う理由


『毒戦 Believer』は、香港ノワールの鬼才と言われるジョニー・トー監督の『ドラッグ・ウォー』を韓国のイ・へヨン監督がリメイクした作品。“イ先生”と呼ばれる正体不明の麻薬王を長年追っていた刑事ウォノと麻薬工場の爆破現場に取り残されていた青年ラクが手を組み、麻薬中毒者の巣窟に潜り込んだ潜入捜査の行方が描かれる。


実は『ドラッグ・ウォー』を観た時、全くジョニー・トーらしくないと思った。中国本土で撮影されていて、香港とは違うやり方をしたにしても、魅力的だと思っていた硬質な雰囲気も独特なテンポ感も全くない。どうしたんだろ、おかしいぞっていうくらい。これは私の勝手な想像だけど、イ・へヨン監督もそんなことを思ったんじゃないかな、と。(勝手すぎるかな)
『毒戦 Believer』は、そう来なくっちゃ!と言いたくなるような、硬質な雰囲気とスタイリッシュな展開に、突き抜けたキャラクター、それから例えばキリスト教のような韓国の社会的な要素を織り混ぜた、本当に面白い作品になっていた。


イ・へヨン監督はジョニー・トー監督へのリスペクトとジョニー・トー作品が好きな人への配慮を忘れてなくて、ところどころにそれっぽさを感じた。ただ、“ジョニー・トーのリメイク“というフィルターをかけて自分をミスリードした観客は、私以外にもいるんじゃないかと思う。しかも劇場版のラストは盛り上がる音楽に先導されて、エンタメ感が強い。ウォノとラクが対峙した時も、どっちが殺るんだろう、という見方をしてしまう。それを見かねて、というよりは初めからそのつもりだったのか、後にリリースされた監督版には10分ほどの拡張されたシーンがある。これがものすごく良い。音楽はしっとりしたものに変わり、対峙というか、二人がじっくり向き合う時間が丁寧に描かれる。どちらが殺るか、ではなく、そこでイ・へヨン監督が描きたかったのが“慈悲”とか”慈愛“だったのか、とわかる。劇場版と監督版でラストの印象が全く違う。ジョニー・トー監督リスペクトの印象が強く見えた劇場版も面白かったけど、キリスト教の宗教観がより強調された監督版には、ウォノとラクという二人の人間の心の奥のやり取りが感じられて、深い魅力がある。ウォノ役のチョ・ジヌンさんと最後の撮影シーンの後に引き寄せられるように抱擁したラク役のリュ・ジュンヨルさんは、「『お疲れ様』という単純な抱擁ではなく、ラクとウォノのお互いの感情に決着を着けようという気持ち」と言っていた。リメイクのタイトルに追加された“Believer”が、何を信じた誰なのか。それから、

“To catch the devil, trust a sinner”
(悪魔を捕らえるために、罪人を信じる)

というコピーの、悪魔はどこにいたのか。
それを考えると、より作品の深みを感じられる。だからこの作品を傑作だと言いたい。


初めから終わりまで毒々しさ強めだけど、拡張された10分間は静かな浄化タイム。マフィア映画が好きな人には本当におすすめの作品です!



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